弊社の創業は1995年。まさに日本企業のリーダー育成の進展と共に歩んでまいりました。この間のリーダー育成にかけてきた企業の情熱は、疑いなく本物だと思います。
しかし今の考え方・やり方では、もう一段のブレイクスルーが得られないのではないか、とも感じます。
今号では、リーダー育成を、「1、次世代リーダー育成」「2、後継者育成」「3、リーダー育成のための組織体制」の3つの切り口で再考してみたいと思います。
1 次世代リーダー育成
次世代リーダーの育成は、多くの場合、自社の「研修体系の最上位」に本格的な研修プログラムを設置することからスタートします。プログラム内容も吟味を重ねられたものであり、一流の講師陣を招きます。そして、各部門から推薦を受けた選抜社員を募集して受講してもらうわけですが、そのプログラムを数年間継続して実施していると、部門推薦する人材が枯渇するような状況になり、そのプログラムの位置づけや効果がだんだん下がっていってしまうことがよくあります。そんな状況が起こっていても、何も手を打たずに研修を続けると、施策としては定着しますが、リーダー育成力は落ちていってしまいます。
もしそうであれば、最高位の研修を実施するということから抜け出し、選ばれた個々人の状況にもっと着目すべきだと思います。
具体的には、人選を部門推薦に頼らず、人事がリードして、次世代・次々世代までのタレント人材を把握し、一人ひとりのキャリア情報、パフォーマンス情報、リーダーシップのタイプなどのプロファイルを個々人ごとに整理すること。その上で、個々人ごとの開発目標を設定して、それに基づいた開発プログラムを設計することが必要です。開発プログラムの中身は、マンツーマンのメンタリング【サポート】、アセスメントと当人への適切なフィードバック【アセスメント】、ストレッチアサインメント【チャレンジ】の3つのモジュールから構成します。そして、社長や副社長のオーナーシップのもとでリーダー人材委員会を作って、定点観測しながら抜擢配置などの意思決定を行っていく…つまり、リーダー人材のタレントマネジメントを行うことです。
きっと、皆さんは「それはわかっている」ということだと思います。しかし、現実にはタレントマネジメントを会社の仕組みとして定着させている企業はまだまだ少数です。だからこそ、今始めれば、競合他社やグローバル企業との戦いにおいて、必ず有効な一手になります。
まずは、過去の次世代リーダー研修の卒業生から、タレントマネジメントをスタートしてみてはどうでしょうか。人材把握の面で、一から始めるよりずっと楽なはずです。もちろん過去の研修時の情報だけでは古くなっていますので、当人へのインタビューや上司へのヒアリングをして情報をアップデートする必要はあります。それによって経年変化の把握もできます。タレントマネジメントというと、「全社員が対象になるべきではないか」「ITシステムで管理すべきではないか」という声も上がるでしょうが、まずスタートをきることが大切です。そして即効性を求めるのであれば、過去の選抜プログラム卒業生にフォーカスすることがベストだと思います。
また、求めるリーダー人材のコンピテンシーを定義することがリーダー育成の定石ではありますが、それをつくることにパワーを注ぎすぎることに注意しなくてはいけません。メジャー(測り)を厳密に作りすぎると、「こんなスーパーマンはいない」「このコンピテンシーはどういう行動や結果があると、できているとみなせるのか」など、仕組みの議論が長引きかねません。大事なのは、求めるリーダー像というメジャーをあてはめて足りないところを矯正しようとするのではなく、強いところを伸ばすこと、ユニークなところを発見してそこを徹底して磨き上げるという考え方を、統一見解として持つことが、何よりも大切です。
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一人ひとりをよくみる「リーダータレントマネジメント」を行う
2 後継者育成
「後継者育成」は、昨今のコーポレートガバナンス強化の流れを受けて、取り組みが本格化している領域です。経営トップや役員の後継者の育成を計画的に推進することで、不確実な環境においても持続的な企業価値向上を目指していくという企業統治の一環として、その重要性が強く叫ばれるようになってきました。取締役会の役割や権限をどの程度大きくするのか、さらには後継者の選定にどう責任を持たせるかなどには、企業によって様々なスタンスがありますが、後継者を計画的に育成することの重要性が増していくことは確実です。おそらく数年以内には、株主総会の場で、自社の後継者育成の現状や、選定プロセスについて株主に説明を求められることが当たり前になっていくと思います。リーダーを育成する力、後継者を継続的に輩出する力が、企業価値の大きな要素の一つだからです。
後継者育成は、すでに定着している次世代リーダー育成に比べて社内外のステークホルダーが多様なため、より堅牢な仕組みを作って着実に回していくことが求められます。経営陣が強いオーナーシップを持って進めていかなければいけません。
経営の後継者育成と職場の次世代リーダー育成は、同じようで大きな違いがあります。経営の後継者たる人材を見極めるためには、よりサバイバルな環境でチャレンジさせ、厳しい評価の目にさらし、そのプレッシャーの中でも結果を出そうと奮闘する姿を見守らなければなりません。また、後継者としての器を作るために、リスクのあるサバイバル環境でもがくことが、是非とも必要です。経営者としての本物の覚悟と胆力を育んでいかなければならないからです。
しかし、こういうと、「そんな経験を積ませる場所があれば苦労しない」という反論を頂いてしまいそうです。果たして本当にそうなのでしょうか。
例えば(連結)子会社は、後継者育成の機会の宝庫だと思います。大手企業であれば、連結子会社の数は平均して50社程度あります。したがって、子会社の経営トップや役員のポストは、相当な数に上るはずです。子会社の中には、数年で新たな事業の柱を立てないと先が見えなくなるような状況の会社もあれば、財務的に再建待ったなしの会社もあるでしょう。あるいは、本業とのシナジーが薄れて中途半端な経営体制となり、「黒字基調であれば、まあ良いのではないか」といわれている会社もよくあるように思います。こうした子会社の経営ポストは、本社さえ本気になれば、後継者育成にとって最適な経験になるはずです。
ある企業では、不振子会社の社長に後継者候補人材を送り込み、その社長がCOOポジションを外部からヘッドハンティングして二人三脚で経営を立て直し、今や利益を4倍にした例がありました。別のメーカーでは、最大クラスの子会社に慣例通り親会社の常務がトップに就任しました。しかしトップはその後、自身の右腕に後継者候補の一人であるA氏を親会社から呼び寄せ、左腕にはプロパーの若手役員B氏を据えて3人のチームで見事に再建を果たしました。現在A氏は本社のCFO、B氏は子会社の専務を務めています。A氏は、「その時は無我夢中だったが、自分の権限の届かない人を動かしたり、外から自分の会社を客観的に見ることができた経験が、今、本当に生きている」と述べていました。
「子会社の再建と成長×後継者の育成」は、経営者と人事が腕まくりで取り組むべき、大きな可能性を秘めたリーダー開発の公式だと思います。
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後継者育成には、サバイバルな環境を用意する
3 リーダー育成のための組織体制
ここまで、リーダー育成のブレイクスルーを起こすために、次世代リーダー育成を「リーダータレントマネジメント」へ進化させ、時代の要請である後継者育成に、子会社経営を本気で活用すべき、と述べてきました。
いずれの施策も実行するには、相当なパワーがかかることであり、現実の組織運営や企業経営に影響が及ぶことに間違いありません。しかし既に多く指摘されているように、リーダーは経験で育つものである以上、リーダーの育成を、意図的・計画的に行なおうとすれば、現実の組織や業務に影響が出ることは仕方がないことです。組織に波風を立てずに、リーダーや後継者を育成しようとすること自体が難しいのです。
そこで私は、今後リーダー育成のブレイクスルーを起こすために、今よりパワフルに組織やリーダーを動かし、企業経営にダイレクトに関わるもう一つの人事部として「経営人事部」を創設するべきだと思っています。経営人事部は、リーダー開発だけを専門に行う、トップ直轄の部門です。リーダーを把握し、人を見極めることができる人材と、多様な事業経験を持つ、事業を見極められる人材、そして社外のプロから構成されたチームを創るのです。
ルノーと日産自動車のCEOであるカルロスゴーン氏は、「最高経営責任者が後継者に責任を持つことは大きな間違いだと思っています。それは取締役会の責任です。」と言っています。確かに欧米流の経営における企業統治を純粋に目指すなら、CEOの選定は取締役会の責任、ということになります。しかし、多くの日本企業が選ぶ企業統治は、そこまで取締役会が大きな権限と役割を持った姿なのだろうか?と疑問にも思います。それに代わる方法として、経営陣と人事が主体となって、取締役会とも連携しながら、透明なプロセスで
後継者を選ぶ責任部門である経営人事部を創設すべきだと思います。
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今こそ、経営人事部の創設を
私がこれまでの人生でお会いしたリーダーの方々は、皆、会社を心から愛し、自社が社会にどのように期待されているかを知っていました。組織の仲間と切磋琢磨し、喜びや苦労を分かち合い、相手の成長や生き甲斐を考えて働きかけています。多様な経験を通じて己を磨き続け、自己実現と社会貢献を果たそうと
しています。
どんなに時代が変わっても、このような素晴らしいリーダーが企業には必要です。さらにいえば、「育成する力」を磨き続ける不断の努力無くして、勝ち残る企業を創ることはできません。自社のリーダー育成力を常に検証し、時には既成の枠組みやしがらみを絶って、新たな一手を打つ勇気が求められているのです。