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全社を巻き込む組織体質強化
一人ひとりのリーダーシップ発揮にむけて

更新日:2022.10.26

住友ゴム工業株式会社
執行役員 人事総務本部長 兼 人事部長 井川 潔 氏
人事総務本部 人材開発部 採用グループ課長 兼 人事部 労務・GHRグループ主査 蛭田 晋一郎 氏

高性能な商品を、確実に、効率的につくることを武器に、かつて世界に存在感を示した日本企業。
その多くは今、変革を起こすことに苦心している。
様々な試みが行われてきたが、意図した成果にたどりつけなかったり、成功したかに見えても時間が経つと元の状態に戻ってしまったというケースも多い。変革に成功した企業の事例を研究しても、その企業ならではの事情があり、自社には役に立たないように思えることもある。
しかしどのような場合であっても、そこには必ず人の想いと働きかけが存在し、成果を左右している。
そこで今回は、歴史ある組織の風土改革に取り組み、「今、少し手ごたえを感じ始めた。文化になるまでやり続ける」と語る住友ゴム工業株式会社の執行役員であり、組織体質・人材戦略タスクフォースリーダーであった井川潔氏、サブリーダーとしてその取り組みをドライブしてきた蛭田晋一郎氏にお話を伺った。

「危機に強い」は、誉め言葉ではない 

松村 住友ゴム様では、2020年から取り組んだ組織風土改革の手ごたえを、今、感じ始めたところだと伺っております。本日はそのお取り組みについて伺わせてください。

井川 かつて、私たちの社内で「住友ゴムの良さとは何か」を議論すると、必ず「危機に強い」というキーワードがでていました。「危機に強い」とは、何か不測の事態が起こっても以前のモデルに復元するのが早いということです。必然的に、マネジメントも上から下への指示を適切に動かすというスタイルになり、それが住友ゴムの組織風土になっていました。しかしそれでは、そもそものモデルを新しくしようとなると、途端に足が止まってしまいます。
生産部門は生産のこと、営業部門は営業のことという機能割りの対応は力強いのですが、部門の枠を外し、総体としてのあるべき姿を議論できる空気が薄かったといえます。部門ごとにできる対応だけでは、今までとそう変わらない努力をすることしかできません。
ですからまず、経営層が同じ目的のために動くという一体感をもち、もっと議論できるようにすることに取り組むべきだと考えました。

この提案は無下にはされないという自信があった

松村 とても本質的な課題設定だと思います。ただ、そこに踏み込むのは簡単な話ではありません。どのように進められたのでしょうか。

井川 実は、この提議をすることへの心理的な不安は、まったくありませんでした。2019年の3月に社長が今の山本悟に代わったのですが、その山本は「みんなで乗り切っていくんだ」というマネジメントスタイルを打ち出していました。ですので、この課題感は受け入れられるのではないか、少なくとも無下にはされないという自信がありました。

蛭田 少し前の時代は、世界的にタイヤの需要は右肩上がりで、早く多く製品を生産できればその分売り上げが伸びるような状態でした。しかし近年になって、売り上げは上がっても利益が伸び悩む状態が続いていました。また山本が社長就任後に全拠点と対話をする中で、組織の活気に問題があるのではないかと感じ、全拠点を対象に組織活性度調査を行ったところ、国内拠点に課題が多いということが分かりました。
そんな状況の後押しも受けて、ちょうど部門の枠組みを超えて組織体質の強化と利益基盤の強化に取り組む「Be the Changeプロジェクト(以下、「BTC」)」を2020年1月に立ち上げることになりました。そして「BTC」の中でも、特に組織体質の側面で変革をリードする組織体質・人材戦略タスクフォースのリーダーにアサインされたのが井川で、私も参加させてもらっています。

意味のある取り組みは何かに合意することが、プロジェクトの最初のハードル

蛭田 ただ、そのタスクフォースでもスムーズに活動が始められたわけではありません。メンバーの中には王道の問題解決アプローチで、現状を把握して原因を特定し、対策を複数案出し、出した対策を評価して対応を決めていくというプロセスが得意な者が多くいました。一方で、「原因はこれだと思う。とりあえずこれをやってみようか」といった思考の者も少なからずいました。そういったメンバーの間で議論がかみ合わないこともありました。
人事など、タスクフォースの中心であったメンバーが主導して「こんなことをやってみよう」と決めたとしても、別のメンバーにとっては腹落ちしない、やらされ感のあるものになってしまうこともあり、半年くらいはずっと気持ちがすれ違ったままだったように感じました。

井川 「BTC」のもう1つのテーマ、利益基盤強化のタスクフォースでは早々に取り組みテーマが決まり、着々と進捗状況の共有もされていましたから、肩身が狭い思いをしました。私たちが取り組む施策を発表できたのが8月ですから、8か月も何も動きをアウトプットできなかったというスタートでした。

蛭田 そこで打ち出した最初の施策は、「さん付け活動」「チームビルディング活動」です。すると今度は社内から、「そんなことが組織変革の対策なのか」「もっと根本的なことをやってくれると思っていたのに興ざめだ」という声を浴びることになりました。

松村 辛いですね。それはどうされていったのですか。

井川 もう膝詰めで話していくしかありません。今検討していることや、現状などの本音を話しました。そしてその年の11月から「360度フィードバック」をスタートさせました。

メンバーにどう受け止められるかに意識が向くように

井川 「360度フィードバック」を導入すること自体は決定していましたが、役員層は除外して行うという運用になる可能性もありました。以前に役員の中から、「部下に自分を評価されるのは抵抗を感じる」という声も出ていたからです。
ところが、実行計画を準備する際に、社長にも「やりませんか」と提案したところ、「やるよ」という返事を得たのです。そこから社長や役員を含め、管理職全員を「360度フィードバック」の対象として実施するようにしていきました。
あの時、役員層は対象外としてしまっていたら、きっと「役員以上は不可侵なのか」という冷ややかな反応が社内に生まれたのではないでしょうか。私たちは幸運だったと思います。

松村 その手ごたえのようなものは何かお感じになっていますか。

井川 はい。役員にはエグゼクティブコーチングも導入しているのですが、その中で「360度でこんなフィードバックをされてしまった」といった言葉が出るようになっていますし、そこから「こんなところに気をつけたらどうか」という会話につながっています。
「こんなことを言ったら360度で書かれちゃうかもしれないね」という言葉が出たりすることもあります。もちろんそれは冗談なのですが、メンバーに自分の行動がどう映るかを考えるようになっています。リーダーシップとは影響力だということを考えると、これも大切なことだと思います。

経営層が自分の意見を言い合うことは、必ず経営判断の質をあげる

松村 エグゼクティブコーチングを導入されたのには、どのような背景があるのですか。

井川 そもそものところから話せば、入社5年目の社員向けとしてキャリアビジョン研修がありました。自分にかけられている期待や自分の立ち振る舞いが周囲に及ぼす影響を振り返り、気付かせるプログラムがあるのですが、それを目にした時がスタートでした。役員向けにも似たような機会が必要なのではないかと感じたのです。
弊社の場合、部門のスペシャリストとして活躍することで役員になった者が少なくありません。そのため、部門のトップとしての役割ができれば担当役員として及第だ、というマインドセットになる傾向があったと思うのです。しかし経営の立場であればあるほど、経営全体を現状より良い方向に変えていくリーダーシップが必要なはずです。その部分を振り返る機会があってもいいと考えたのです。
しかし、実施するためのふさわしい機会がありませんでした。ところが「BTC」が始まり、役員層も「360度フィードバック」を行うということになって、以前から考えていた機会を設けるのは今だ、と思ったのです。
1対1で実施しているエグゼクティブコーチングにプラスして、週に1回メールマガジンのような形で様々なテーマが役員に一斉に投げかけられます。そのテーマに対してそれぞれが自分の意見を返信する、といったことも行っています。

 私は事務局として一部お手伝いさせていただいていますが、メルマガ配信後のレスポンス等を見ても、自分の考えを表明することへの心理的安全性がこの場にでき始めていると感じます。

井川 役員同士のディスカッションを多くという狙いで、総務課のガバナンスグループの発案で、先月から取締役会を形式や肩書にとらわれないオフサイトミーティング形式で実施しています。
取締役会は経営の最高決定機関ですから、月に1回の1時間半~2時間という時間の中で議決しなければならないアイテムがたくさんあります。そんな時間的な制約に加え、畏まった場ではそもそもの部分についての意見はしにくいということもあると思います。もっと侃々諤々の議論ができることが必要だろうということで、試しに実施してみたのです。
三部構成で行いまして、一部は社外取締役の意見を伺う時間、二部はそこに社内の取締役が入り、具体的な状況を交えながらディスカッションをします。そして三部では次の中期計画の素案を社外の取締役に共有して、気になることをフィードバックしていただくという、段階を追って議論を深めていくような構成で実施しました。喫茶室のような場所で車座になり、コーヒーでお菓子をつまみながらと、とにかくリラックスできる雰囲気をつくってディスカッションしたのです。
もう劇的に議論の深みが変わったと思います。ずっと社内を見ていてそれぞれの事情に精通していると、例えばここまでにかかったコストの回収や最初に立てた計画、といったテクニカルなことが大きな課題に思えます。しかし内部事情を知らない観点から見て、「価値としてはその程度であれば大きなリソースを割く必要はないのではないか」といったような意見がポーンときます。率直な意見を発言いただける社外取締役の方が揃っていたというのも私たちにとって幸運なことでした。

松村 ヒエラルキーがあり、そこを守ってマネジメントをしていくというのは多くの製造業が勝ちパターンとしていたところです。そこに対してゆさぶりをかけ、かつ住友ゴム様らしさを守って動いていっているように感じます。

変わるべきなのはメンバーも同じ

蛭田 ここまでずっと経営陣の話をしてきましたが、それだけではメンバーが他責的になってしまいます。変わっていくべきなのは経営陣もメンバーも両方だと思うのです。
そこで「BTC」がスタートした2020年1月当初、全社員に対して対面型で研修を実施していく計画をしていました。場所の確保や人数調整等の膨大な事務局仕事が必要です。講師も養成する必要がありましたが、その質の担保も課題ではありました。それでも準備を進めていたのですが、新型コロナウイルスの感染拡大により事態は一変しました。集合研修ができなくなったのです。
計画がとん挫してしまってもおかしくなかったのですが、オンラインセミナーとして実施すれば1度に大人数を対象にできます。一気に「BTC」を加速することができる、と方向転換しました。そこで始まったのが「ブーストプログラム」という、全社に対してのオンラインセミナーです。井川の言葉を借りれば、これもラッキーなことだったと思います。
そして、2020年の9月に1回目のオンラインセミナーを実施しました。初めの30分は社長が自分の想いを語り、次の30分は事前に社内から募集した質問に社長から答えてもらいました。その後は参加者同士のディスカッションを行いました。
「ブーストプログラム」の目的は全社での共通認識・共通言語を育み、それを文化になるまで続けることです。ですから、1回目以降の四半期毎に行う「ブーストプログラム」のテーマは大体決めてあります。第1四半期のテーマは経営理念についてです。新しい企業理念「Our Philosophy」についての理解を深める回です。第2、第4四半期のテーマはリーダーシップ。社長から新入社員やスタッフまで、同じテーマで実施します。第4四半期は「360度フィードバック」の読み解きもあわせて実施します。第3四半期の内容には多少の自由度があり、初年度はアンコンシャスバイアス、2021年はマインドセットだけではなくスキルをもつことも大事ということで、スキルアップ研修を用意しました。ニーズやレベル別に約20項目から選択できるようにし、何か1つは受講するということをルールにして実施しました。
リーダーシップに関するセミナーでは各回の最初の1時間は前回までの復習を行います。その後に毎回少しずつ新しいことをインプットしていく構成です。これをやり続けることによって共通認識・共通言語を醸成していきたいと考えています。すみません、つい長く話してしまいました。

松村 想いをもって進めていらっしゃることが、とてもよく伝わってきました。

井川 人の行動の根底には、対象となるものへの心の向き合い方があるのだと思います。「ブーストプログラム」は、いかにして皆に現状を少しでも良くするために自分の力を使おうという気持ちになってもらうか、という取り組みともいえます。ここが私たちの一番のチャレンジだと考えています。終わりなき旅です。でもこれをやっていかないと組織は変わらないと思っています。

持続可能な仕組みにしていく

蛭田 もう1つ施策を紹介させてください。「組織健康度調査」です。
当初は外部のものを活用していたのですが、組織状態のKPIとして頻度高く行うには小回りが利きにくいという観点から、簡易的なものを社内で作成して実施しています。2020年の9月を皮切りに、初年度は2か月に1回。21年は四半期ごとに1回、今年22年からは半年に1回の頻度で行っています。
設問の内容は、我々が取り組むべき4つの課題――「挑戦しづらい環境」「コミュニケーションの壁」「古いリーダーシップスタイル」「戦略の浸透不足による低い生産性」――それぞれの領域の設問を準備して、ポジティブな回答が80%以上になることを目標にしています。部署ごとに点数が低い項目等から課題を見つけ、その部分の評価が良い部署が何をやっているかを参考にできるように、調査結果は部署や役職の制限なく、社内全体に公開しています。
また調査結果を社内通達して公開しても、きっと関心のない人は読み込んでくれないでしょう。ですから、こんな部分に注目してほしい、こんな課題に対してこんな対応をして評価が変わったケースがある、といったことについての解説動画をつくり、YouTubeのように社内に公開しています。

井川 「組織健康度調査」の結果が良かった悪かったで終わらせるのではなく、個別に内容を検討し、アクションに落とし込むためには、各部門から選出してもらったタスクフォースアンバサダーに活躍してもらっています。役員が組織健康度というテーマは自分の責任であると捉えることが浸透してきたせいか、アクションが起こりやすくなっていると感じます。我々タスクフォースにも相談がきて、例えば蛭田が個別にサポートに入ることもあります。

松村 そのような取り組みを続けるお2人の原動力は何なのでしょうか。

蛭田 そのほうが楽しいからでしょうか。私は、この会社が好きなんですよ。だから、好きなところをもっと良くしていきたいというだけの話です。弊社のパーパスである「未来をひらくイノベーションで最高の安心とヨロコビをつくる。」になぞらえると、最高の心理的安全性と、働くことにやりがいを感じることができる組織にしていきたいと思っています。

井川 私はそもそも仕事や組織はこうあるべきという想い、それと自分の体験ですね。オーストラリア赴任時代、「この商材を〇日までに出荷しないと赤字になる」といったギリギリの状況の時に、クリスマスにも関わらず自発的に現場のスタッフが出勤して仕事をしてくれたことがありました。その動きを見て、自分の力を、現状を良い方向に変えるために使うという気持ちをもった集団のパワーは、なんと大きいのかということを体感したことが大きく影響しているように思います。

松村 ありがとうございます。お話の中で、幸運・ラッキーという言葉が何回も登場しましたが、準備されていたからこそ、その機がきた時に活かせたのだと思いました。

 大変刺激を受けました。本日はありがとうございました。

Interviewer/株式会社セルム 執行役員 松村 卓人 関西支社関西営業グループ 関 健吾
2022年7月取材
※所属・肩書・記事内容は取材当時のものです。

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