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組織にエクイティがあること。それが持続的な成長を支える人財基盤となる

更新日:2023.02.27

三井住友海上火災保険株式会社
執行役員 人事部長 井口 直紀 氏
人事部 部長(能力開発担当) 丸山 紀子 氏

社会や顧客のニーズが変化すれば、ビジネスにも変化が必要になる。持続的に価値あるサービスを提供し、成長していくために企業も変化するのは当然のことだろう。やるべきことが変われば、それを担う人財の働き方もスキルも変わらなければならない。
ただ、人にはこれまで自分が努力してきたことへの思い入れや愛着がある。その気持ちを動かし、行動変革につなげていくのは容易ではない。社員一人ひとりの環境や事情が異なる中で、全社としての変革のムーブメントを起こすことにはさらに難しさもあるだろう。
三井住友海上火災保険株式会社では、2022年4月から始まった中期経営計画で、目指す姿を「未来にわたって、世界のリスク・課題の解決でリーダーシップを発揮するイノベーション企業」と定め、「持続的な成長に向けた構造改革を実行する期間」とし、この課題に正面から取り組んでいる。
そこで、この構造改革の人財領域の取り組みの責任者である、執行役員 人事部長の井口直紀氏、能力開発領域の変革を任された人事部 部長の丸山紀子氏に、取り組みと手ごたえについてお話を聴いた。

人が経営を支えるインフラ。そのインフラの再整備を行う

加島 地球温暖化や技術革新、国際紛争等、様々な新しいリスクが目の前に現れてきています。損害保険の役割が一層重要になる一方で、三井住友海上様のような損害保険事業を運営する企業が、将来にわたって社会に必要な価値を提供し、成長していくための変化も必要とされていると感じます。
そこでまず、貴社の経営課題について教えていただけますか。

井口 損害保険は社会を保つリスクヘッジのソリューションとして、これまでも新しく発現してくるリスクに対応して、様々な新しい商品やサービスの提供をしてきました。損害保険事業が誕生した頃は海上保険が主力でしたが、火災保険、自動車保険へと幅を広げ、IT化の進展に伴いサイバーリスクに対応する保険なども普及しています。近年激甚化した自然災害についても、私たちの火災保険はお客さまの生活再建のお役に立てていると思っています。ただ、火災保険だけの収支で見ると、過去12年間赤字が続いています。私たちがリスクや課題解決の力を高め、お客さまに持続的に安心をご提供していくためには、この後もずっと赤字でいいというわけにはいきません。
これまでも、例えば火災保険の領域では、リスクサーベイやリスクマネジメントサービスの提供など、防災・減災といった事故の補償前後の部分への働きかけも行ってきました。しかし、気候変動の影響による自然災害は激甚化・頻発化しており、従来の延長線上の努力だけでは安定的な収益構造を実現するのは困難になりつつあります。そこで2022年度にスタートさせた中期経営計画では、利益、事業費、資本の3つの構造改革に取り組み始めました。
一般論として考えても、社会が大きく変化するのに、人には変化がないということはあり得ません。三井住友海上の目指す人財のありたい姿は、「自ら学び、考え、主体的に行動する」「過去の経験・知識に安住せず、自己成長を続ける」、そして「失敗を恐れずにチャレンジする」です。そのような風土を強くしていきたいと思っています。
総論としてありたい姿を定義するだけではなく、それぞれの事業分野、例えば、国内営業分野においては目指す姿のために、今いる人財をレベルアップ、またはリスキリングする。必要に応じて専門分野で活躍できる人財を外部から採用する。損害サポートの分野でも同様に、As is/To beのギャップを埋める取り組みを進める。海外事業分野に関しては…、システム分野においては…、といったように、主要分野ごとにありたい姿を定義し、必要な人財像と人数の定量目標を設定して、現状との差分を埋めるということを、この中期経営計画の4年間のうちに目途をつけます。
後になって振り返った時に、「この4年間がターニングポイントだった」と、きっと言われることになると思っています。

加島 今のお話から、人財のマネジメントを変えると捉えるのではなく、人財基盤という経営のインフラ整備をガッチリ行うのだという意思を感じました。

強制はしない。変わりたいと思う人を増やし、支援を充実させる

井口 人財育成についても、学びの形を変えていくつもりです。人財育成は、現場のOJTが重視されますが、そのままではスピード感をもった変化は生まれないでしょう。そこで、今ここにいる丸山さんが中心になって、新しい人財育成の取り組みを進めています。

丸山 OJTは、組織における経験値を引き継いでいくために大切なものです。ただ、今後はこれまでの経験では対応できないことも増えるはずです。そのために必要なのは、一人ひとりが課題を見つけ、対応策を創造するといった力です。これはOJTでまかないきれる領域ではありません。
しかし集合研修をして、「課題解決力が必要」「こんな力が足りない」といったところで、第一線の皆さんにはピンとこないと思います。私も、つい数年前までは第一線にいました。目の前の業務で手一杯で、新しいビジネスや課題の解決策を考える余裕は多くはありません。それでも漠然とではありますが、何か変化をしなければいけないという想いは、社員全員が抱いています。
そこでまず、漠然と抱いている想いをクリアにするきっかけとなり得る機会を、できるだけ多くの人に届けられるように、例えばオンラインで参加できるオープンカレッジや動画学習、通信講座等、様々な形態でテーマも広く設定して、一人ひとりの役割、興味、都合にあわせ選んで学べるようにしています。
このような環境を構築することで、業務の都合が合わない、育児や介護で地元を離れられない等の理由から、今まで任意参加の研修には手を挙げられなかった社員が、積極的に施策を活用するようになってきました。さらに40代、50代のミドル・シニア層の参加者も増え、少しずつ、手ごたえを感じています。

高山 具体的な施策をいくつかご紹介いただけますか。

丸山 2021年度から著名な方の経験を、WEBで場所や環境にかかわらずに視聴可能な「エンパワーメントセミナー」を始めました。1~1.5時間のセミナーを年7回開催しています。最初の頃は、セミナーを聴くだけで終わってしまう感じでしたが、最近ではセミナー中にどんどん講師に質問する等、主体的に参加する社員が増えています。また、MBAのフレームワークを自己学習できる「MBA通信講座」を新たに設置しました。マネジメントコースと変革コースの2つのコースを用意し、全講座の修了者を人事部が認定する運営としています。そして、個人での学習も支援したいという観点から、自己学習費用の補助も行っています。おそらく他社と比較しても、自己学習に対する施策は多いのではないかと思っています。もちろん、会社として社員にきちんと伝えたいことは、必須研修や選抜研修を通じて伝えています。

井口 社員が自分一人で考えて行動を変えていけるかというと、やはり限界もあります。周りから知恵を借りたり、触媒のような機会も必要でしょう。その機会として、社外出向による経験の拡大や社内副業の場を設けています。リモート環境の普及によって時間と場所にこだわらず色々なことができるようになりましたので、全国各地で働く社員と相談や知恵を出し合える場もつくっています。

丸山 また、「学人(まなびと)サークル」という新しい学びの形を展開しています。大学のサークル活動をイメージしたもので、「興味・関心」のある特定テーマに関する知識を深め、自身の価値を高める学びの小集団です。テーマは決まっていますが、活動そのものはメンバーが決めます。例えば、「気候変動と気象」をテーマにしたサークルでは、国立環境研究所の皆さまからご支援いただき、「気候変動のリスクとは何か」「地球温暖化に対して自分たちにできることは何か」等、学びを深めています。また、サークル活動を通じて得た知識を広める全社員向けセミナーや、ワークショップ等の企画・運営もしています。現在、11テーマのサークルが各々のやり方で学びを深めています。

高山 そういった自主的な活動が、活発かつ持続的に行われているのは何故でしょうか。

丸山 少し乱暴にも見えますが、このサークルは自分たちが学びたいことを、学びたいだけ学ぶ。いつ解散しても構わない、という方針で運営していることが大きいのではないでしょうか。純粋に「学びたい」人たちが集まっていますので、やらされ感なく活動できることも活発化している理由だと考えます。お互いをニックネームで呼び合うことで、年齢、性別、階層等にこだわらず、自分らしさを発揮できることも特徴です。
当社の事業に関連する領域はおそらく無限大で、業務に関わりのないことは世の中にほとんどありません。今すぐには業務への還元ができなくても、全てが将来、何かしらの形で業務につながると考えています。サークル活動のための時間創出が、日常業務の効率化につながっているといった声もあり、副次的な効果も期待できます。

井口 それに呼応するように、他の場面でも自ら手を挙げる社員が増えています。例えば、新たなポストに自ら手を挙げてチャレンジする登用制度が以前からあるのですが、この応募者数が2021年度は200名程度だったところ、2022年度は300名を超えました。
やりたくないと思っている人を変えようとするより、未来に向かって自らやりたいと思っている人に役割を担ってもらったほうが活き活きと働けますし、きっと成果にもつながります。

丸山 よいスタートは切れたといえる状況かもしれませんが、今進めていることが必ずしも正しいかどうかはわかりません。今後、社員の声を聴いて、どんどん変えていく、増やしていく、なくしていくということをやっていくつもりです。

目指す姿を制度によって見える化する

井口 先ほどと矛盾するように聞こえるかもしれませんが、必ずしも全ての社員に大きなイノベーションを期待しているわけではありません。個々の社員に期待される成果は、所属する部門やマーケット、地域等によって多様です。日々の努力や工夫によってスピードや品質を改善するような取り組みも引き続き重要です。社員には、「自分は変わらなくて大丈夫」ではなく、「今の仕事のやり方、スキルのままでよいのか?」という問いかけを大事にして欲しいです。

加島 そう考える社員がどのくらい多いかが、イノベーティブな組織であるかどうかの分かれ目だと思います。ただ、組織の役職者になればなるほど、既存のやり方での成功体験をもっているでしょう。それが分厚い岩盤のようになって、変化を阻害するという状況もよく耳にします。この点についてはどう動かれているのですか。

井口 その点は、やはり人財育成策を含む人事制度の改革をあわせて行う必要があります。厳密には違うのですが、当社も年功序列型の企業と思われていると思います。これを、実力があれば年令等に関係なく、誰でもポストにつけるという環境に変えていくのが、今まさに取り組みを開始した人事制度改革です。
例えば、目標設定は組織目標の達成に貢献するように、各自で設定する運用を続けてきました。しかしながら、達成度に応じて評価されるため、できなかったときに評価が悪くなるのを避けたいという思いから、まずまず達成できそうな目標を書いてしまう傾向もありました。人間ですからそんな心理が働くのは止めることができません。そこで今年度から、「ムーンショット目標」を設けました。「ムーンショット目標」とは、困難は伴うが野心的で夢のある計画や挑戦のことです。実現できた時には、高く評価する。一方、実現できなくても減点しないことを明確化しました。
この「ムーンショット目標」は、設定内容はもちろん設定するかどうかも各自の自由としました。初年度である今回、この目標を設定してくれた社員が20数%でした。内容は様々ですが、単にジャンプする距離が従来よりも大きいというだけでは「ムーンショット目標」とはいいづらいかもしれません。人事部としては、未達成でも構わないので、本来あるべき理想の姿を表明し、その方向に近づく努力を多としたいです。
また、この「ムーンショット目標」に限らず、チャレンジしないことが一番楽で得だという損得勘定を打破する仕掛けを、人事制度の中に埋め込んでいくことを目指しています。

加島 マネジメントポストへの登用については、どのようにお考えですか。

井口 マネジメントポストへの登用に関しては、過去の実績が良かった人が偉くなるとか、自分のために頑張ってくれた部下を引き上げたいといった傾向もあったと思います。これらを全否定するものではありませんが、やはり部下から見た公平性や納得性が重要です。ですからリーダーになる人が備えるべきコンピテンシーをしっかりと定義して、これに合致する人がそのポストに就くという状況を実現するために、評価方法や育成方法を変革します。
リーダーには、実績をあげる力だけでなく、何が組織の課題なのか、将来も当社が社会の期待に応え続けるために、今何に力を入れればよいのかを考える力を求めます。かつては、本社が定めた目標どおりに現場組織を運営して成果を出せばそれでよいという時期もありましたが、今後はマーケットやお客さまが解決したい課題がどんどん多様化します。そうした情報を一番多くもっているのは現場です。評価の仕組みは、今、多少の軌道修正やアジャストをしていますが、かつてとは明らかに流れを変えてきました。今後もその方向は変わりません。そう変わっていかないと、将来にわたって持続的に当社が社会に価値を提供していくことが難しくなるであろう、という企業としての判断です。

加島 年齢が上がれば、あるいは実績をある程度積めば誰でも管理職になるもの、というイメージを変えていきますね。一時的には不条理に感じる方がいたとしても、それが当たり前な時代になっていくと思います。

高山 本社と、地方部支店に勤務されている方で、受け止め方が異なるということはないのでしょうか。目指す姿を正しく理解してもらうために、どのようなことをお考えでしょうか。

井口 確かに、この駿河台の本社ビルで働いている社員のほうが、「よし、一つ大きなイノベーションを起こしてやるぞ」とか、「異なる分野に異動してチャレンジしたい」などの思いを抱く人の割合は高いかもしれません。それは、身近に様々な部門の社員や多様な知識・経験をもつ社員がいて新たな情報に接しやすく、イノベーションのヒントやイメージをつかみやすい傾向があるからだと思います。一方、地方都市に勤務し、かつ転居転勤を制限した社員区分で働く場合でも、その地域に固有のリスクや解決すべき社会課題は多くあります。より効率的・持続的なオペレーションへの見直し等、チャレンジするべきこともあります。イノベーションなんて自分の仕事には縁がない、ということはありません。地方都市にいながらも選択肢や可能性の多様さに気づいてもらえるようなアドバイスや、動機づけとなる機会をどれだけ提示できるかは、企業の責任です。
例えば、居住地域や家庭事情など、機会面の差異を少しでも埋めるための施策として、原則3年の期間で本拠地以外の場所に異動し、期間終了後は本拠地の職場に復帰できる仕組みがあります。また、その地を離れることが無理でも、オンラインを通じて全国各地から本社主導のプロジェクトに参画できる「プロジェクトチャレンジ」という社内副業の仕組みもあります。また、2022年度からは、社内公募制度である「ポストチャレンジ制度」に、転居を伴わずリモートで本社部門の仕事をする「ポスチャリモート(原則1年間)」を新設しています。こういった仕組みを積極的に活用してもらうために、人事から働きかけていきたいと思っています。

組織にエクイティがあることが、人を惹きつける

加島 お取り組みに一貫してエクイティの考え方があるように感じます。

井口 そうです。人財を惹きつける力とは、納得感をもって働いてもらえる関係性のことでしょう。その納得感を生むものが、企業が働く人のエクイティを保証しているということでしょう。誰もが不当に阻害されることなく、本来もっている力を発揮できる環境があることが重要です。こう言葉でいうのは簡単なのですが、実現させるのは大変なことです。それでも、組織にエクイティがないと、持続的に成長する企業にはなれないと思っています。
若手を中心にジョブホッピングやカンパニーホッピングという動きも盛んです。それに対して転職をどう抑制するか、という発想はしたくありません。あの手この手で人財を引き留めるというよりも、ここで働きたい・成長したい、と自然に惹きつける吸引力のある企業を目指していきます。そうはいっても、実際に辞めてしまう社員がいるとすごく悲しく、がっくりと落ち込みます。お客さまから長期にわたり信頼していただくためにも職場運営の点からも、人財のターンオーバーは好ましくありません。必ず魅力のある人事制度にしていきたいです。

加島 エクイティこそが組織の基盤を整える価値観として最も重要だと、改めて気づかされました。本日はありがとうございました。

Interviewer/株式会社セルム 代表取締役 加島 禎二 東日本マーケティング部 高山 隼領
2022年12月取材
※所属・肩書・記事内容は取材当時のものです。

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