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「第三の創業」に挑む DNPの動力

更新日:2024.04.04

大日本印刷株式会社 取締役 人財開発部 ダイバーシティ&インクルージョン推進室 担当 宮間 三奈子氏
大日本印刷株式会社 人財開発部 部長 髙梨 謙一郎氏

今や電車の中などで紙の本を読んでいる人を見かけることは、ほとんどなくなった。
印刷業界のビジネスのポートフォリオ改革が避けられないことは、間違いない。
この変化の中で自社の未来を描くために、業界最大手の1つ、大日本印刷株式会社(以下、DNP)では今、「第三の創業」を掲げ、全社一斉に大きな変革に取り組んでいる。
その変革を人と組織の側面から加速させるリーダーを支える軸は何なのか。具体的にはどのようなことを行っているのか。
取締役の宮間三奈子氏と人財開発部部長の髙梨謙一郎氏にお話を聞いた。

事業の面白さと可能性を皆で感じたい

加島 経営者はもちろん、事業を担うリーダーをはじめ社員皆を幸せにするのは、事業の可能性を広げ、そこに夢を感じられることだと思います。今、そのためにはイノベーションが必要で、現在の事業を深掘りするだけではなく、周辺を探索したり、違う知を掛け合わせたりすることが必要となります。そして、夢中になってそこに取り組むという、人のパワーも必須でしょう。
そこでまず、そんな人材・組織への取り組みをリードされているお2人の軸や想いについてお伺いできますか。

宮間 私は1986年、雇用機会均等法元年に入社し、DNPで研究所配属となった初めての女性社員でした。当時、忘れられない出来事がありました。英語研修の受講者募集に手を挙げたのですが、私は参加できず、後に上司から「実はあの研修には、男性を出してほしいといわれていた」という話を聞いたのです。その時に、結果によって違いが出るのは当然だと思うが、それ以前の部分である「機会」は平等でなくてはいけないはずだと感じました。おそらくこれは、私の今を形づくる原体験の1つです。
その後、開発した技術が製品になった際、それを自分で売りたいと申し出て、事業部門に異動させてもらいました。そこでは、売る楽しさを感じる一方で、稼ぐことの大変さを経験しました。数年後に技術部門に戻った際には、部門のメンバーに「売る楽しさと大変さ」を伝えると共に、この部門の技術のすばらしさを、社内にも、世の中にも知ってもらう営業役を私はやりたいと話し、動いていました。そして2014年に人材開発部(当時)に異動となりました。
人材開発部では、まずは技術・開発や営業・企画それぞれの部門のあるべき姿にしっかり向き合える人材の採用に取り組み、数年後には社員の人材育成、研修を担当する研修部(当時)と統合し、新たに人財開発部となりました。先ほど紹介した私の原体験で感じた通り、全ての人に機会が公平にあるよう動いているつもりです。ただ、誰でも参加できる人材開発プログラムがたくさんあることを、多くの社員が認知していないという現状もあります。どうしたらもっと認知され、有効活用が進むかということも、課題として取り組んでいます。

髙梨 私も、2019年に事業部門から人財開発部に異動してきました。正直申し上げて、事業部門にいた頃はDNPの人材開発プログラムの全体像を把握しきれていませんでした。異動して改めて、会社としてこんなにも人材開発に力を入れていたということに気づき、もっと社内への浸透を図っていかなければ、と感じました。
2018年に新社長として北島義斉が就任し、「第三の創業」を前面に打ち出して全社の変革が動き出していました。また、私が異動して間もなくコロナ禍があり、「第三の創業」に取り組みながら、コロナ禍への対応も待ったなしで進みました。私たちはそれを人材や組織の面から支えることができる立場にいます。初めての状況や目標ばかりでもあるので、様々なことを一から考え、取り組んでいこうと思っています。

将来のために、最も変えなければいけないことは

加島 「第三の創業」について、もう少し教えていただけますか。

宮間 DNPは、1876年に前身の秀英舎が出版印刷をする会社として誕生しました。これが「第一の創業」です。それまで印刷物は木版による印刷が主流でしたが、当時最先端の技術といわれた活版印刷の会社としてスタートしました。「第二の創業」は、戦後まもなくの頃のことです。印刷の技術を出版印刷だけでなく、包装、建材、エレクトロニクス製品にまで応用するなど、紙の印刷をしていた会社とは思えないほど、様々な事業に領域を広げていきました。
今取り組んでいる「第三の創業」は、これら「第一・第二の創業」とは異なる頭の使い方が必要なものだと考えています。

髙梨 これまでの事業は、基本的に受注を主体とするものでした。そのため、ともすると、受け身体質になりやすいともいえます。「第三の創業」で目指しているのは、DNPが主体となって社会の課題と人々の期待を的確に捉え、自ら事業をつくり出し、私たち自身が持続可能なより良い社会、より心豊かな暮らしを実現していく、という大きな変革です。そのためには、社員にとっても、かなりの意識の転換が必要になってきます。研修も含め、その他の人事施策についても、DNPで働く社員の意識をどのように変えていくべきかという点を重視し、内容を大きく変えています。

宮間 意識転換は、その内容に違いはあってもグループの隅々にわたって必要です。例えば、紙の印刷という市場が縮小していく中で、雇用を守りつつ、私たち自身がより良い未来をつくっていくためには、リスキリングも必要になります。今後伸びる領域、集中的な投資をしている事業の仕事を学んでもらい、配置転換もしています。実は印刷の色調整は、最後は現場で職人技のような調整が必要なものです。一方でエレクトロニクスなどの仕事では、現場判断での調整は行わないことが通常です。印刷の現場から異動してきた社員は、「自分は見ているだけなのか。存在価値は何なのか」という気持ちになってしまうこともあります。ですから、こうした場合は仕事の意味や意義を感じてもらうために、インターン的な短期の職場体験とスキル習得を少人数のグループで繰り返し、半年くらい時間をかけてじっくりリスキリングを進めるプログラムなどを行っています。

DNPが必要とするイノベーションのために、取り組んでいること

加島 今まで一緒に働いてきた方々にパラダイムを変えてもらうことは、どの企業にも共通する大きな課題です。他にもご紹介いただける取り組みがあれば教えていただけますか。

髙梨 2021年度から目標管理制度も大きく変えました。新たに導入した「DNP価値目標制度(DVO:DNP Value Objectives)」では、従来の個人MBO(Management by Objectives & Self Control)制度にあった業務課題と人材育成の目標に、チームが一体で課題解決に取り組むOKR(Objectives & Key Results)の要素を組み入れました。
それと連動して、従来の表彰制度を大きく見直し、DNPの新しい価値創造という視点で優れた活動を賞賛する表彰制度も創設しました。名称は、「DNPアワード」といいます。
こうした取り組みが効果を上げるためには、マネジメント層も変わらなければいけません。自身の組織はどのようなビジョンをもち、どのようなパフォーマンスを上げていくのかを考え、実行するマネージャーとなるために、マネージャー研修の内容を変更し、この数年各階層で力を入れて実施しています。

宮間 D&I(Diversity & Inclusion)の捉え方や活動の内容も変化させました。当初はD&Iといえば女性活躍推進のことでしたが、今は社員一人ひとりが自分の強みを発揮し、それを掛け合わせることによって価値を生み出すという考え方に変わっています。これは私たちが実践する「オールDNP」での総合力の発揮そのものでもあります。
さらに経団連が示した指針の1つである「2030-30」、つまり2030年には経営層=部長以上に占める女性比率を30%以上にするという目標の実現にも、私はコミットしていくつもりです。

加島 この課題にコミットする経営リーダーが社内にいるのは、何より強い推進力になりますね。

宮間 また、「社内複業制度」も「オールDNP」の推進に役立っていると感じます。当社の「社内複業制度」は、就業時間のうち最大20パーセントの時間は、他部署の仕事に取り組めるという制度です。DNPグループ各所の活動を知る研修なども行っていますが、そこで知識として与えられるのと、実際に自分がその職場で体験することでは全くインパクトが違いますし、受け入れ部署の業務そのものにもメリットがあります。
例えば私が管掌しているD&I推進室に、ご自身やご家族がLGBTQ+などのマイノリティだったり、障がいをもっていたり、当事者と関係があったりという社員が来た際には、これまで想像が及んでいなかったことに気づかされることもあります。

髙梨 人財開発部にも現在5人、社内複業者がいます。所属している事業部やグループ会社の視点から意見をいってもらえたり、時には本務の職場にもち帰って周囲の意見を聞いてもらったりしています。事業部門ならではの視点で学生向けの採用広報を考えてもらうなど、いい形で相乗効果が出ています。また、募集部門が募集要項を出して、社員が自由に応募し、合格するとその部門に異動できる「社内人材公募制度」は30年ほど前から行っています。これまでに累計で1,000名以上の社員がこの制度で異動しています。

加島 部門内のスキルや経験のダイバーシティが、一気に上がりますね。
採用で変えたこともあるのでしょうか。

宮間 2020年にDNPで策定した事業ポートフォリオに基づき、必要な人材ポートフォリオも描きました。その結果、今はキャリア採用のウェイトが高まっています。採用の方法も、各部門で「こういう専門性をもった人材が必要」ということを明らかにし、各部門が責任をもって採用を進める形が増えました。
また、当社の新規事業であるメディカル・ヘルスケア関連では、前職が医師であったり、医療・医薬品関連の企業出身の方であったりなど、今までのDNPにはない専門性をもった方に来ていただく必要があります。そういった方については「プロフェッショナルスタッフ制度」と呼ぶ、従来とは別の処遇を準備しています。

髙梨 新卒採用も人財開発部が行っていますが、2024年度採用から、配属される部署を確約した「部門別採用」の割合を増やしています。特に技術系の場合は大学院卒の方も多いので、ご自身が学んできたことと、これからDNPでやることをマッチングさせることがお互いに必要になってきます。
当社の「未来のあたりまえをつくる。」というブランドステートメントを見て、「この会社でやりたいことを実現したい」といって応募いただく方も増えていると感じます。

宮間 ただ、そもそも当社のことを知る機会のない方、就職先として当社の情報収集をしてくれる方の数がまだまだ多くないという点は課題です。最終面接の際に、「合同説明会で、たまたまDNPのブースの傍を通りかかったことがきっかけでDNPに興味をもった」と話してくれた方もいるくらいです。

加島 貴社のことをしっかり訴求できれば、もっと、DNPで挑戦したい人がたくさん集まってくれそうですね。

宮間 そうですね。私もそうでしたが、「これをやりたい!」と宣言すれば、やらせてくれる会社だと思います。

大きな変革を一気に進める原動力となるもの

中村 ここまでのお話で、一気に人と組織の制度や仕組みを抜本的に変えてきたことがよくわかりました。反発や反対はなかったのでしょうか。

宮間 皆がそれぞれ問題意識を感じていたのだと思います。そのような時に社長交代があり、さらにコロナ禍も加わって変えるべきことが一気に表に出てきた、という捉え方をする社員が多かったようです。ある意味、タイミングに恵まれたといえるかもしれません。
「もしかしたらこれも影響していたかも」と思うこともあります。次世代経営リーダー研修(以下、ELM)の1期が2017年から2018年にかけて行われました。私も1期の受講生です。そこで私たちがまとめた「自分はこれを変えていきたい、という宣言」を聞いていたのは、当時副社長で翌年社長に就任した北島です。ですから、「あの時君が宣言したことを実行してくれ」という話になりやすかったのかもしれませんし、そのようにいわれた者も既に心が定まっていたので、すぐに動きやすかったと思います。ELMはほぼ半年間かけて行うプログラムでしたので、受講生に同期のようなつながりがあり、その後、それぞれの受講生がそれぞれ主要な組織の長になりました。そのことも、施策がどんどん実行されていくことに影響したように思います。

加島 社長交代の時期に合わせて幹部研修を行うというのは、効果的かもしれませんね。

中村 ELMはスタート当初から最終発表のアウトプットは1人ずつでつくられていますね。一般的にはグループごとにアウトプットをつくることが多いので、そこはDNPらしさの表れだと思いました。自分の意思や志を表出させることを、とても大事にされているように感じます。

加島 最後にお2人がこれからチャレンジしたいと考えていることをお聞かせください。

宮間 あまりにも多くの変化が一気に起きていることに対して、社内への周知や理解が追いつかない部分があるということはもちろん認識しています。冊子やWebなど、様々な仕組みを活用して発信をしてきましたが、それでも意図が伝わりきらないという状況に対して私たちがやるべきことは、「伝えるのではなく聞く」こと。私たち人事部門が動いて、皆の生の声を聞くことが、次に私たちがやるべきことだと思っています。
社員全員がDNPで働くことに幸せを感じることと、取り組んだ仕事が価値を生み、自分も成長することは、車の両輪のようなものです。片輪だけではその場でグルグル回ってしまうだけです。このことはELMでの私の宣言でも示しました。「これを実現していきたい」という素地は、今はだいぶできてきたと思いますが、もっと社員同士がお互いにやりたいこと、やれることを語り合う、そんな会社にしていけたらもっとうれしいですし、皆でハッピーな毎日を送れるのではないかと思っています。

髙梨 私は、DNPが世の中に提供できる価値は、今よりも、もっとたくさんあると思っています。そこに目を向けられていなかったり、社員が自信をもっていなかったりする状況は非常にもったいないことです。もっと多くの社員が、自分がDNPグループにいるのだということに可能性と希望を感じ、会社がもつリソースを活かせるような状況をつくっていきたいと思っています。

加島 働く人にも多様性があり、事業にも多様性がある。その多様性を常に競争力に変えるチャレンジを続けることは、日本企業らしい姿勢であるように感じました。きっとそんな企業だから人を惹きつける。これまでは事業があれば人を集めることができたのですが、今は人を惹きつけられないと事業の持続性が保てません。本日お話を伺って、改めてそう感じました。ありがとうございました。

Interviewer/株式会社セルム 代表取締役社長 加島 禎二  経営開発部 中村 文香
2024年 1月取材
※所属・肩書・記事内容は取材当時のものです。

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