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パーパスを本気で実現するために、
行動進化のサイクルを定着させ、変革の種を多く蒔く

更新日:2024.11.25

味の素株式会社
執行理事 コーポレート本部 人事部長 森永 浩康氏

今、多くの企業で、未来に向けてパーパスを再定義し、全社一丸となって進むことを目指している。
ただ、そこには様々な難しさがある。新しい取り組みが必要だが目の前の事業をおろそかにはできない。これまでのやり方で懸命に取り組んできた人の気持ちの問題もある。
人的資本経営のトップランナーの1社である味の素株式会社では、この課題に対し、「ASVマネジメントサイクル」と呼ぶ動きを全社で実践し、「ASV」の自分ごと化と改善・進化サイクルの定着に取り組み、そこからさらなる変革を目指している。
執行理事 コーポレート本部人事部長の森永浩康氏にお話を伺った。

今までとは異なる目標に、
人の気持ちを向かわせるもの

加島 まず、味の素様の目指す姿と人的資本の関係について、お考えを伺えますか。

森永 味の素は、大きな構造改革を経て本格的に成長にシフトするタイミング(2022年4月)に、現在の代表執行役社長 藤江太郎が就任しました。その藤江が就任後最初に打ち出した、「中期ASV経営2030ロードマップ」が今、味の素グループが目指す姿です。
 これは、今までの中期経営計画とは大きく異なる長期ロードマップです。それまでの味の素は、「PPPP(Plan,Plan, Plan,Plan)」と呼ばれる程の徹底した計画をたてて中期経営計画に取り組んできました。しかしそのやり方では、既存の事業の延長線上でできることを考えることになりがちで、変化の激しい時代にはそぐいません。そこでもう少し先の未来、2030年に実現していたい姿を描き、バックキャストでやるべきことを考えていくやり方に変えたのです。
 藤江の言葉を借りれば、富士山ではなく、エベレストを目指すということです。富士山は、1人でも短期間トレーニングをすれば登頂できる可能性が高いのですが、エベレストはそうはいかない。どんなチームを組むのか、ルートはどうするか、どんな装備や資金計画が必要かを、バックキャストで考えて進んでいく。そんな取り組みに変えていきます。
 ただ、社員からすれば「意図は理解できるが、どうやればいいのかわからない」となるでしょう。この状態のままでは、何も始まりません。ですから、経営としてはここに手を打っていかなければなりません。
 まず役員全員で合宿し、2030年に目指す姿を具体化する議論をしました。しかし言葉を選ばずにいうと、自分たちの経験則からなかなか抜け出せないこともあり、2030年頃に主力となる年齢の若手・中堅社員を役員ワークショップに入れてディスカッションを繰り返し、味の素の強みが発揮できる4つの領域を定めました。
 それでも、経営がそれを「こんな風に考えた」と伝えただけでは、なかなか社員のコミットを引き出すことはできません。その壁を乗り越えるのは、やはり対話しかないと思っています。藤江は今、年間数十回ものタウンホールミーティングや少人数での対話会を行っています。他の役員それぞれも対話を行っていますから、合わせると相当な回数になります。とにかく対話を重ねることで、経営の考えていることを社員に理解、肚落ちいただくという事を懸命に行っています。

味の素グループとしての“らしさ”を
どう自覚してもらうか

加島 味の素様では2023年に新パーパスを発表されています。ここにも目指す姿が込められているのですね。

森永 そうです。以前の味の素のパーパスは「アミノ酸の働きで、食と健康の課題解決」というものでしたが、これを「アミノサイエンス®で、人・社会・地球のWell-beingに貢献する」へとリニューアルしました。
 アミノサイエンス®という言葉は味の素がつくった造語です。味の素は創業時「アミノ酸のうまみによって食べ物をよりおいしくし、日本人の体格を改善したい」という志で事業をスタートさせました。その後のアミノ酸研究の進展によって「おいしさを生み出す」「体の調子を整える」「栄養を届ける」、半導体の絶縁フィルム「ABF」のような「新たな機能を生み出す」へと、提供価値を広げてきました。このようにアミノ酸の働きに徹底的にこだわった研究プロセスや実装化プロセスから得られる多様な素材、機能、技術、サービスを総称してアミノサイエンス®という言葉に味の素の「強み」を集約し言語化したのです。

加島 味の素様しか使うことのできない言葉です。味の素様の求心力となる言葉だとも感じます。

森永 ですが、この言葉は当初、味の素グループの国内外法人で誤解や議論を呼んだのです。本社内には、食品系事業とアミノサイエンス系事業という区分けがあり、アミノサイエンス事業本部(当時)という組織名もありました。ですから、新パーパスの発表をうけて「アミノサイエンス系の事業に舵をきるのか。食品系はどうなるのか」という誤解や心配が生まれました。私たちがいち早く対話に取り組んだのには、この誤解を少しでも早く解消する必要がある、という事情もありました。
 アミノサイエンス®という言葉を打ち出したことで様々な認識のギャップが顕在化しましたが、そのギャップに対しての対話が、納得や共感につながっていく感覚があります。これが、味の素グループのパーパスを皆が肚落ちするプロセスであるようにも感じます。

改善・進化のサイクルを定着させるために
~「ASVマネジメントサイクル」~

加島 対話の先には、どのような取り組みにつなげていこうとされているのでしょうか。

森永 「ASVマネジメントサイクル」と呼んでいる、私たちの志(パーパス)の実現に向けた行動を進化させるサイクルを定着させることに取り組んでいます。「ASV」とは「Ajinomoto Group Creating Shared Value」の略で、CSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)に由来しており、企業が自社の売上や利益を追求するだけではなく、自社の事業を通じて社会が抱える課題や問題に取り組むことで社会的価値を創造し、その結果、経済的な価値も創造されることを意味します。
 「ASVマネジメントサイクル」には4つのステップがあり、最初のステップが「理解・納得」です。社長との対話、役員との対話を通して会社のパーパス、2030ロードマップ、年度計画などの理解を深め、その上で個人目標を設定します。
 理想的には個人と会社のパーパスの重なりを大きくしていくべきだと思いますが、最初から会社のパーパスとの一致点を見つけなければいけないわけではなく、自分の中から湧き出てくるものを大切にしてほしいと思っています。味の素グループのパーパスはカバーする領域が広いので、きっと重なる部分があると思いますし、重なりを見いだせたほうが楽しく働けるとも思っています。


 2つめのステップは「共感・共鳴」です。具体的な例を挙げると、個人目標発表会を自組織だけで行うのではなく、組織を超えてオンラインでも実施しています。これは、一緒に働く人の人柄を知ったり、人とのつながりづくりや他業務理解という点でも効果があります。発表した本人も自分の仕事の位置づけがクリアになりますし、ポジティブフィードバックをお互いに実施するので前向きになります。このやり方は国内外グループ会社でも多く実施されています。
 次が、業務の「実行・実現プロセス」です。「ASV」の取り組みは成功したものもあれば、うまくいかなかったものもあります。よい取り組みは、「ASVアワード」という制度で、表彰しています。経営企画部、人事部、グローバルコミュニケーション部のクロスセクショナルなチームで運営しており、手づくり感満載な感じですが、最終的な順位を決める評価点の1つに従業員投票があり、1開催あたり1万5千件くらいの投票があります。社員数は今、グローバルで約3万5千人ですから、とても関心が高い取り組みに育ってきています。きっとこれが、「ASV」を実現する行動とは具体的に何なのか、その共通認識づくりにもつながっていると思います。
 「モニタリング・改善」ステップでは、取り組みの成果指標として、従業員のエンゲージメントサーベイを行っています。顧客志向や生産性の向上、志への共感が、売上高や利益と相関があることは、データでも確認できています。
 「ASVエンゲージメントサーベイ」は設問数が60数問あります。結構多いのですが、社員の97%という高い回答率があります。それは各組織が、サーベイで見えてきた自組織の課題を、翌年はその対応にきちんと取り組んできたからではないかと思っています。味の素グループの従業員エンゲージメントスコアは、2023年度は76%でした。2030年度には85%を目指しています。ですが、項目ごとにはバラツキがあり、20%台といった低い数値が出て、目をそむけたくなることもあったのですよ。これにも一つひとつ対応しています。

高山 「ASVマネジメントサイクル」は、とてもスマートで洗練されたもののように感じていましたが、長い歴史の中で行ってきた取り組みの成果をまとめ上げ、形にしてきたものなのですね。

森永 そうです。「ASVマネジメントサイクル」という名称は2020年に発表したものですが、その時にゼロから企画してつくったものではありません。ずっと以前から手さぐりで実施してきた様々な施策、最初は独立した点のように感じていた施策をつなげ、その線をだんだん太くしてきました。それをわかりやすいサイクルという形に整理した、というものです。
 これによって、社内、社外とも、意思疎通や情報共有が格段にスムーズになりました。だんだんとこのサイクルが意図しているものが当然のことのようになり、私たちの組織の求心力や文化にもなってきていると思います。 加島 自社のDNAに基づいた取り組みだからこそ、しっかりと定着されているのだと思いました。

ノンオーガニックな成長とするために、
足さなければいけない動きとは

森永 ただ、おそらくこの取り組みだけでは、今描いているロードマップの先のエベレストには到達できないと思っています。新たな価値や事業を生み出す、ここに取り組まなければなりません。そのための方法に正解はなく、イノベーションは偶然に生まれるもので計画はできない、という考え方にも一理あるようにも思えます。しかしその前提条件として、試行錯誤が数多く存在する環境であることが必要なのではないでしょうか。
 例えば、味の素では毎年自分のキャリアデザインを描き、上司と面談するという取り組みを行ってきましたが、その内容を参考にはしても、配置は会社主導で決めていました。それではやはり、待ちの姿勢を生んでしまうことになりえます。そこで、2年前から本格的に「公募制の異動」を拡大させました。実際の公募異動は、まだ全体の5%くらいですが、2年目の今年度、手を挙げた人数は着実に増えました。
 「キャリア採用」は、既に全社員の18%を占めてきています。また「TRY & A CROSS」という、他部署の取り組みやプロジェクトに手を挙げ、自分の業務時間の一部を使って取り組むことができる制度も始めました。また、「A-STARTERS」という、アントレプレナーの誕生を支援する活動も数年前から展開しており、少しずつ軌道に乗りはじめています。こういった社員の背中を押すような施策を、さらにスピードをあげて行っていきます。進めた結果を見て、また考えるということを繰り返していきます。
 そうしてなんとかエベレストの頂にたどり着きたいですね。

加島 パーパスを本気で実現するということは、経営陣から社員まで組織全体が巻き込まれていくことなのだ、と改めて感じさせていただきました。本日はありがとうございました。

Interviewer/株式会社セルム 代表取締役社長 加島 禎二  東日本パートナーシップ開発部 シニアマネージャー 高山 隼領
2024年8月取材
※所属・肩書・記事内容は取材当時のものです。

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