「働きがいと魅力あふれる職場」を実現し、「清水建設らしさ」に磨きをかける
更新日:2023.07.07清水建設株式会社
執行役員 人事部長 村田 広 氏
人事部 企画グループ長 武末 高志 氏
今、多くの企業で従業員の働き方と組織カルチャーの変革が迫られている。 しかし組織が大きいほど、そして分散して存在する自律的な機能組織を多くもつ企業ほど、変革は難しさが増す。全国各地で多数のプロジェクトが同時進行する建設業界は、そうした企業の代表例である。 しかも、時間外労働の上限規制が適用開始となる2024年度を目前に控え、まさに変革待ったなしの状況といえる。 その中で、「働きがい」に注目して「働きがいと魅力あふれる職場」の実現を図る、清水建設株式会社 執行役員 人事部長の村田広氏、人事部 企画グループ長の武末高志氏にお話を聴いた。
なぜ「働きがい」なのか
中野 清水建設様は、働き方改革の進展のために「働きがい」へシフトして取り組みを強化していらっしゃいます。その取り組みの背景をお伺いできますか。
村田 働き方改革は国が主導していますが、長時間労働の是正は国の方針に関わらず必要なことです。しかし建設業にとって、最前線である建設現場の実情と折り合いをつけることが難しい場合が多くあります。
建設業は、発注者様と約束した期日までに決められたモノを、決められた品質を守って納めるのが仕事です。現場の技術者たちは、そこに信念をもって仕事に取り組んでいますし、それが脈々と受け継がれてきた我々のポリシーです。働き方改革に取り組みだした当初を思い返すと、安全や品質、工期を守りつつ、労働時間を削減するという課題に対して、「問題なく両立できる」と自信をもって回答するのは、なかなか難しい状況でした。実際に、「そういわれたって、できないものはできない」という厳しい反応もありました。
武末 そこで、労働時間削減に対する理解や努力を促す活動をスタートするとともに、働きやすい職場づくりにつながる取り組みを開始しました。
村田 当初は「人事がいっているだけのこと」という空気はありました。それが変わったのは、会長の宮本、社長の井上が、従業員とのコミュニケーションを丁寧に行ったことが大きく影響したと感じます。
また、社長の井上は「楽しんで仕事をしてほしい。自分の仕事を好きになってほしい」ということもよくいっています。働き方改革は、長時間労働への対応だけではなく、従業員の幸せにつながる取り組みとすべきでしょう。
何を楽しいと思うかは一人ひとり異なるものですが、この会社にいて幸せだ、この仕事が楽しいといった気持ちは、誰にとっても大切なはずです。それを一言でいうと「働きがい」なのです。
「働きがい」を高める要素
中野 清水建設様では、「働きがい」を、どのように定義されているのでしょうか。
武末 当社は、「働きがいと魅力あふれる職場づくり」に取り組んでいます。「働きがいと魅力あふれる職場」とは、「一人ひとりが心身ともに健康で、お互いが認め合う職場。一人ひとりの特色や強みを最大限に発揮できる職場」です。この実現に向けて、「働きがい」を定量的に捉える必要があると考え、2018年度から「働きがい意識調査」を実施し、「仕事のやりがい」「職場の信頼関係」「心身の健康」という3つの要素で構成される「働きがい指標」を作成しました。 人事部では、結果を分析し、「働きがい」を高めるための取り組みを順次行っていますが、調査結果を社内公表し、事業部門がそれぞれ自部門の改善に向けた取り組みを行えるようにもしています。 調査結果についてですが、当初は「職場の信頼関係」が3つの要素のうち最も低い数値でした。今でも微増、あるいは横ばい傾向にあります。詳細な分析を行ったところ、上司の自己評価と部下からみた評価のギャップが小さい職場ほど、「職場の信頼関係」が高いということが分かりました。
村田 建設現場においても、チーム内の信頼関係があってはじめて、安全で品質のよいモノづくりを実現できます。また、信頼関係が強いと、達成感を強く感じられるようにも思えます。これは「仕事のやりがい」や「心身の健康」にも、プラスの影響を与えるでしょう。
武末 そこで「職場の信頼関係」を高めることを目的として、2021年度から360度フィードバック、2022年度から1on1ミーティングを全社でスタートさせました。
高品質と働き方改革のトレードオフは変えられるのか
加島 「働きがい」を感じると、さらに仕事に熱中してしまいがちだと思います。品質と適正労働時間の両立はできるのでしょうか。
またこれは他業種の話ですが、「日本のモノづくりはハイスペックではあるが過剰品質ではないか。かといって品質を下げると、新興国の製品との差別化ができなくなる」というジレンマを聞くこともあります。そのような問題はどうお考えでしょうか。
村田 清水建設がこだわって追求しているのは、社会インフラや建造物の安全・安心です。また、お客様から発注を受け、深くコミュニケーションを取りながら、オーダーメイドの建設を行うのが我々の仕事ですので、そこに過剰品質という言葉は馴染みません。
一方で、「働きがい」と適正労働時間の両立は、まさに今取り組んでいる課題です。人はやりがいを感じることには時間を使ってでもこだわりたいと思いますし、時間をかけてもあまり辛くない。もしかしたら夢中になれる時間かもしれません。労働時間を削減することによって、その時間を取り上げられたと感じる人がいるかもしれませんし、今までよりも短い時間で同様の成果を上げていかなければなりません。
そこに折り合いをつける難しさはありますが、その課題に向かい合うための有効な手段の1つが、「対話」することだと思います。1on1ミーティングなどの対話を通じて職場全体で考えていくことが、よりよいモノづくりにつながると思っています。これからの変化を楽しみにしているところです。
加島 上司と部下という関係であっても、お互いに学び合えるということが、このような課題に向かい合う際の重要なポイントになると思います。
村田 建設現場では、上意下達型のマネジメントが必要な場面が少なからずあります。そのためか、トップダウンの意思決定を当然のように感じていたところがあったと思います。しかし、社会情勢の変化を受けて、対処すべき課題は多様化しました。上意下達型のマネジメントが必要な場面は引き続きありますが、様々な意見を尊重し、柔軟に取り入れるマネジメントスタイルが、これからは必要だと思います。
武末 そのためには、職場風土を変えていく必要があります。建設会社は様々な場所に拠点があり、職場環境や課題もそれぞれ異なります。一律の取り組みで全体の足並みをそろえることは、なかなか難しいと思います。会社が何か決めるのを待つのではなく、職場単位で自分たちは何が必要で、そのために何をすべきかを考え、行動する組織に変わっていかなければなりません。
そこで職場ごとの対応検討が充実するように、「働きがい意識調査」だけではなく、パルスサーベイの結果も閲覧できるようにしました。
スピード感をもって組織風土改革を行うためには
村田 実をいえば、過去当社では360度フィードバックやパルスサーベイといったものに対して、あまり積極的ではありませんでした。体当たりでやっていれば部下はついてくる、データで組織や人財面の課題を図ることなどできない、という否定的な考えがあったのかもしれません。
しかし、スピード感をもって組織風土改革を行うには、まずは約1万5,000人の従業員・派遣社員の目線を合わせる必要があります。そのためには、組織の状況を正確に捉え、共通言語となりうるような指標やサーベイが必要だと考えました。目線が合わなければ、会話も成り立ちません。サーベイによって職場ごとの多種多様な課題を明確化できれば、具体的な取り組みを立てやすくなります。
やるべきことが決まったら、思い切ってチャレンジしていきます。ただし、世間で評価されている取り組みであっても、安易に流行を取り入れるのではなく、それが清水建設の状況やポリシーに合うのか、会社にとって何が一番よいのかを、従業員としっかりと議論をしていきたいです。様々な課題を一気に解決するのは難しいかもしれませんが、「対話とサーベイ」によってそれぞれの職場が自律的に行動していく、そのような組織風土をつくりたいです。
加島 大きな重い手押し車を、力を込めてゴロンと動かし出し、動かしながら方向を微修正していくようなイメージが浮かびました。
何を変え、何を守るのか
村田 清水建設がこれまで大切にしてきたものは、これからもしっかり守っていきます。
もちろん変化することは必要です。しかしそれは、清水建設の価値観を今後も守り続けていくための変化であり、進化でなくてはなりません。「清水建設らしさを保ちながらも時代に合わせて進化している」、といわれるような変化にしたいと思っています。
大げさに聞こえるかもしれませんが、我々はすべての人々にとって、よりよい社会の実現を目指しています。社会インフラや建造物などは社会の基盤です。そう考えると、建設会社がよりよい社会の実現に向けてできることは多いのです。
加島 社会を個人の集まりと捉えていて、かつカバーする個人の範囲が広いことを感じます。それはニッチなニーズに対応し、一部の人が喜んでくれればいいという考え方ではまったくなく、「清水建設らしさ」を感じました。
村田 当社では社是でもある「論語と算盤」の考え方を大切にしています。当社の相談役だった渋沢栄一翁による「道理にかなった企業活動によって社会に貢献し、結果として適正な利潤をいただき社業を発展させる」という考え方です。道徳と経済を両立させるという理念を実践してきました。
そして、清水建設のコーポレートメッセージは、「子どもたちに誇れるしごとを。」です。これは、かっこいいビルや巨大なダムや橋をつくることだけを指しているわけではありません。今の子どもたち、そして未来に対して恥ずかしくない仕事をしようということです。我々の仕事は後世の子どもたちも見ているのです。
中野 それも、私が感じている「清水建設らしさ」かもしれません。
加島 そしてそこに、ビジネスとしてもフロンティアがありそうです。本日はありがとうございました。
Interviewer/株式会社セルム 代表取締役 加島 禎二 ゼネラルマネジャー 中野 新悟
2023年3月取材
※所属・肩書・記事内容は取材当時のものです。