「マイ・ミッション」に突き動かされる人材集団へ
更新日:2021.07.12SOMPOホールディングス株式会社
グループCHRO 執行役常務 原 伸一氏
※MLP推進担当の、人事部 特命部長 加藤 素樹氏(中央)、課長代理 設楽 浩司氏(左)と一緒に撮影
SOMPOホールディングスは、事業のトランスフォーメーションの成功のカギを握るのは現場の力であるとし、現場の人材を駆動する力の源として、「マイ・ミッション」に突き動かされて動く人材集団をつくるための取り組み、 「ミッションドリブン・リーダーズ・プログラム(以下、「MLP」)」をスタートさせた。
これは、人材開発や組織開発としてはあまり踏み込むことのなかった、個人の価値観の領域に正面から踏み込む取り組みといえる。そこに社員の抵抗はなかったのか。どんな手ごたえがあったのか。
この取り組みの責任者であるグループCHROの原 伸一氏に、取り組みに至った背景と取り組み内容、これからの展望についてお話を伺った。
事業の目的から考えると、「保険」という枠組みに囚われてはいられない
加島 SOMPOグループ様では、「ミッション・ドリブン」をキーワードとする新しい企業文化の創造を、CSV経営を駆動する鍵と位置付けて取り組んでいらっしゃいます。まず、そのように課題設定をされた背景をお伺いできますか。
原 私たちは今、「安心・安全・健康のテーマパーク」というグループビジョンに向かって、グループ全体のトランスフォーメーションに取り組んでいます。
SOMPOグループは、社会に生じる安心や安全、健康を求めるニーズに、保険という方法で応えてきた企業です。例えば、個人住宅が増加した際には火災保険、自動車が増加した際には自動車保険。気候変動や高齢化リスクに対してもそれぞれ保険サービスを開発し、提供してきました。
保険とは、受けた損失を金銭という形で補填することでマイナスをゼロにし、それによって安心や安全、健康に資するという考え方のものです。しかし昨今の気候変動や雇用変動、格差の拡大、そして感染症などの新たな脅威に対し、損失を金銭で補填するだけで、どれだけ安心・安全・健康を守ることができるでしょうか。例えば、水害で町が破壊されてしまったとき、保険で1つの家族の金銭的な損失は補填できたとしても、街を失ってしまったという損失については、損失のままです。これはもう世界全体の潮流です。私の世代であれば、もしかしたら今のやり方の延長線上の努力で対応することができるかもしれませんが、私の子供の世代はもう、こうした保険では安心・安全・健康を得られないでしょう。
私たちの事業を保険業と捉えると、これはどうしようもないことですが、「安心・安全・健康のテーマパーク」を目指していると捉えると、私たちはもう、保険以外の領域にも出ていくべきです。
これは新しいビジネスをつくることだといってもよいでしょう。しかも、世の中がこれからどのように変化していくかもわからない中で進むのです。今までのような上意下達型の組織の動き方ではできないことでしょう。
持続的な変革力を生み出せるのは、人の内側から湧き出るものだけ
原 そう捉えると、人事・人材開発部門としても、何を重視しなければいけないのか、何をすべきなのかということが課題になります。少なくとも今までの殻を抜け出さなければいけないということだけは間違いありません。
こういった場合、通常は他社事例や成功例を探して参考にすることも多いのでしょうが、そのようなものは今ありません。あったとしても、それはその企業の歴史や経済・社会情勢が背景にあった上で成果が出たはずのことなので、その形を真似たところでうまくいくとは思えません。
ただ、今の若手の仕事へ向き合う価値観にヒントがあるのではないかと感じました。今の若手の仕事の向き合い方には、今までとは異なる、二極化といえる程の動きがあります。1つは、生きていくためだけの最低限のお金を稼げればいいと考える層、これが一定数います。もう1つは、自分が正しいと思うことを仕事の中でも行いたいという想いをもっている層です。そんな希望を抱いている人たちが相当数いると感じます。
もともと人事の仕事は、従業員を幸せにすることです。幸せとはその人が人生において大切に思うことを実現する状態のことでしょう。できている状態のことだけでなく、そんな状態になるよう自分で状況をコントロールしていけることも幸せだといえるのではないでしょうか。人事部的な言葉でいえば「自律」ですね。セルフコントロールすること。そして「自走」すること。自らの想いで動くこと。これが幸せな状態の1つであると定義しています。
加島 たしかに、大切なものを自覚できれば、それに向かって自然に動きたくなります。そんな動きが仕事の中でできれば人生が充実します。
原 組織の上位層がこうすべき、こう考えるべきと指示しても、その熱意は持続しません。人が持続的に突き動かされるのは、その人の内側から湧き出るものだけです。組織・人材開発は、そんな人の想いを開放し、それに向かって動く状態をつくるべきだと考えました。
でき上がった仕事のやり方が、組織風土を「岩盤」にしていた
原 ですが足元を見ると、理想とは真逆といってよいほどの現状がありました。私たちは金融業という特性もあるのかもしれませんが、決められたことをきちんとこなすことに長けた集団です。つくり上げたシステムを守る力が強く、悪くいえば保守的な集団だといえます。
正直いって、今までと異なることをやろうということ自体が入り込みにくい空気がありました。目指す方向性は以前からわかっていたので、例えば「ダイバーシティ推進」のために、産休・育休のような、社員に寄り添う制度をいくつも策定し、条件が一様でなくても活躍できる状況をつくることを目指しました。制度自体はよいもので、日本でもトップクラスといえるほど充実しています。しかし制度を入れても、様々な事情をもった人の活躍が進むわけではなく、むしろ逆の状況を生むこともありました。つまり、周囲はあまりその人に期待しなくなる、ミッションも与えない、育成機会も与えない。その結果、会社に居続けることができるというだけの状態になってしまう。制度を入れるといった、ハードの施策だけを導入しても目的とする効果が出ないのです。これはもっと深いところにある仕事への価値観、つまり仕事の常識や守るべき規範といったソフトの部分が変わらないからでしょう。
ですが、毎日の仕事を破綻がないように動かす行動をあたり前のように行いながら、仕事への価値観を変えようとしても無理があります。毎日オフィスに出社して、報告・連絡・相談をし、中間チェックも受けて進める。仕事のプロトコルが、そうでき上がっていて、それを行っている中で意識だけを変え、「自律・自走」する人材集団をつくろうといっても、それがよいことだとわかっていたとしても、実際にはできません。
本当に正直に本音をいわせてもらいますと、私はCHROに就任した時、「ちょっと難しい役職についてしまったぞ」と思いました。今の事業を支えることは大切で、その事業を破綻なく動かす仕事の進め方や、それに価値を置く風土は岩盤のように固い。そんな状況に対して、何か1つすごくよい制度を導入したところで変わるものではない、と途方に暮れるような想いを抱いていました。
ところが、そこに新型コロナウイルスの感染拡大が起きました。今まで当たり前であった仕事のプロトコルは、否応なく変えざるを得なくなりました。この大きな禍のことをポジティブに表現すべきでないことはわかっているのですが、これは岩盤のように感じていた組織風土が変わる可能性でもあると思いました。
加島 単に乗り越えるべき災難ではなく、変革のための梃子の支点のようなものになり得る。というより、すべきと思われたのですね。
原 そうです。グループCEOの櫻田謙悟も同じように考えていて、櫻田からそれを後押しするような声をかけてもらったということも、実際に動き出しを始めるための大きな力になりました。
人の想いを開放することで、何かが動き出した
原 そこで、昨年の7月からSOMPOホールディングスの部課長、約百数十名に対して行ったのが、「ミッションドリブン・リーダーズ・プログラム」、通称「MLP」です。
内容は、まず自分の心が動く瞬間は何か、自分の内発的な動機になっているもの(=WANT)と、解決すべき社会の課題(=MUST)、運命が自分に与えた能力(=CAN)をそれぞれ整理し、一致する部分を自分の使命(=マイ・ミッション)とします。それを1人で考えているのでは、独りよがりになったり、浅いものにしかならなかったりするので、オンラインで1 on 1を行い、より深めていきます。プログラムの中では、「自分の人生の目的の中に、仕事で実現することを取り込む」といういい方をしています。
これは、私たち人事が以前から考えていた、人の想いを開放して、内側から湧き出るものに駆動されて動くことを促進するという組織・人材開発コンセプトに沿ったものでした。しかし、この企画を提案された当初は、危うさも感じました。何か皆をスピリチュアルな方向に導くような内容なのではないか。意図としてはそうではないとしても、そのように受け取る者もいるのではないか、とちょっと怯むような気持ちもあったのです。この気持ちはプログラムが行われている最中にも感じ、このまま続けてよいのだろうかと心配になりました。しかしだからといって、やってみなければ、どんな反応があるのかはわからないはずです。提案してきた部下は、是非やってみようといいます。私は正解が何かを知っているわけではないのだ、という自覚もありました。しかも最初に取り組んだのは、何万人もの社員のうちの、約百数十人です。もしこの方法が間違いだとわかれば方向転換すればいい、と割り切りました。
結果的に、変な誤解をする人は殆どいませんでした。エンゲージメントサーベイのポイントも上がっています。何より私も、以前の私ならマイ・ミッションを部下に披露するなどということを、「とんでもなく恥ずかしい」と思っていたはずですが、これが自然にでき、しかもそれを聞いてくれた部下の嬉しくなるような反応を見ました。役割や仕事の関係性を超えて人として認め合ったような、その場の空気さえやわらかくなったような気がしました。ダイバーシティ&インクルージョンということもSOMPOグループが獲得したい企業風土の1つなのですが、「まさにこれが、ダイバーシティ&インクルージョンということではないか」とも思いました。
しかし最初は本当に心配をしながらのスタートでした。偉そうに「勇気を出してチャレンジしました」などともいえないと思っています。しかし、少なくとも、今までの延長線上にあるやり方ではダメだということだけは確実なので、取り組んでみたのです。しかし取り組んだことで何かが動き出しました。加島 同じ状況でも、そこでスタートを切る方と切らない方がいます。それが天と地ほどの差になるのかもしれません。
原 本当にそう思います。あの時心配のあまり、このプログラムをスタートしないでいたら、未だに悶々と悩んでいたと思います。
課題を自覚しつつ、夢も感じる
加島 これまでのお取り組みで見出した課題や、今後取り組もうと思っていらっしゃることもお伺いできますか。
原 今、お話ししたMLPの取り組みは、単一の事業体に所属する部課長百数十名を対象にしたものです。成果は大いに感じていますが、SOMPOグループ全体から見れば局所的なものです。これからグループ全体を動かさなければなりません。今うまくいっているのは、素晴らしいコーチが直接指導しているからというだけかもしれません。数万人規模のグループ全体にこの方法が適用できるかどうか。ここに一つ乗り越えなければならない壁があります。しかし、上手くいけばグループ全体がミッション・ドリブンになる可能性があります。そうなったら楽しい。そんなことを夢見ています。
また、グループCEOの櫻田とメンバーのコミュニケーションをもっと近くするような取り組みも始めます。これまでも櫻田からグループ内に対するメッセージを出してはいましたが、それでも年に1回か2回、文章や録画したビデオでのメッセージでした。この状態を変えるために、オンラインライブで櫻田と若手が座談会(※)を行い、それをグループ社員が自由に視聴できるイベントを実施します。これも大変楽しみである反面、若干の怖さも感じています。
加島 怖さというのはどういうことでしょうか。
原 櫻田はSOMPOグループのビジョンや、これから向かおうとしている方向性を非常に熱く語ります。ただそれが、初めて聞く者がすぐに理解できるのかどうか、かえって忙しい日々の業務をこなす現場との距離を感じてしまわないかという怖さです。今までのように私たちが、言葉を補ったり、背景情報を補足したりするような編集をしなくて本当に大丈夫なのか、という気持ちもあります。
伊藤 私はSOMPOグループの現場の方とお話しする機会をいただいていますが、自分はこういう「突き動かされるもの」があって仕事をしている、というお話をされる方が、現状でも多くいらっしゃると感じます。櫻田CEOが現場の方と直接お話されることで、これが加速される可能性のほうを強く感じます。
原 そうですね。それにこれが成功すれば、度々開催することも可能になると思っています。今まではCEOが現地に訪ねていって行っていましたが、現地に行かなくてもできる。これは本当にメリットです。CEOに限らず、いろいろな事業のオーナーや、なかなか会えない海外事業の担当者が参加するイベントなども行うことができれば、これもよい刺激の機会になるはずです。
また、SOMPO型のジョブ型人事制度も2021年4月からSOMPO HDでスタートしました。この制度は、もともと社外の優秀人材にSOMPOグループで活躍してもらうための仕組みとして考えていたものなのですが、グループ内の働き方改革の一環としての運用も行います。
ジョブ型というと今ではもうバズワードになってしまい、定義も様々あると思いますが、ジョブ型とは人事部門が一部人事権を手放すということでもあります。SOMPOグループのような金融関連企業は、人事部が人事権を中央集権的に握る傾向がありますので、これを一部制限して、自分で自分の仕事を選べる状況を少しずつ増やしていきたいと思っています。
加島 ミッション・ドリブンで動くことを実現するためには、それが必要になっていくということですね。
ミッション実現のための手段に、過去の経験則は持ち込まない
原 今、様々なところに手を付けていますが、これが本当に正しいのかどうかについて確信をもっているわけではありません。これが正解かどうかはずっと先にならないとわからないと思っていますし、今、このようにお話ししたことも、「こうすればうまくいく」と教えるつもりでお話ししているのではありません。ただいえるのは、私たち人事もミッションに突き動かされて動こうとしているということです。
加島 そのように動くことができる、原様ご自身のミッションを教えていただけますか。
原 私自身のミッションは、人事部のミッションにも重なりますが、「社員を幸せにしたい」ということ、これに尽きます。幸せにも色々なものがありますが、自分の人生において大切に思っていることが、仕事の中でも実現できること。そうなるよう自分でコントロールできることも幸せの1つでしょう。私が、私の立場や動かせる組織の力を使って、実現させたいと思う社員の幸せとはそんな状態です。それをできる限り実現することを考えて、これからも動いていきます。
伊藤 SOMPOグループの皆さまとお話をしていますと、道を探すというより道をつくる、という文脈でのお話が多いと感じていました。本日のお話でその理由の一端がわかったように思います。
加島 これからどんなことが起こるのか、少し怖いけれどワクワクするような興奮を私も感じました。本日は本当にありがとうございました。
※ 「櫻田グループCEOとの座談会」はこのインタビュー後の2021年4月21日に開催されました。約700名が参加し、公式発表とは異なる言葉や雰囲気が参加者に好意的に受け取られ、500以上のチャットが投稿される盛況なイベントとなりました。
Interviewer/株式会社セルム 代表取締役社長 加島 禎二 東京本社 東日本マーケティング部マネジャー 伊藤 織江
2020年4月取材
※所属・肩書・記事内容は取材当時のものです。