理念の追求の先にSDGsがあり、イノベーションがある
更新日:2020.04.21積水ハウス株式会社
CSR部長 小谷 美樹 氏、人事部 人材開発室 室長 安信 秀昭 氏
企業はもともと、顧客や社会に対して何らかの課題解決を提供しているから存在する。その意味では、自社の事業活動がSDGsに紐づかない企業はない。
しかし、今必要なのはその取り組みをさらに推進・深化させることである。そのためには、ブレない方針と取り組み内容、そして社員の腹落ちが必要なはずだ。ではそれらを、どのように実現していけばいいのか。
SDGsの採択より10年早く「サステナブル宣言」を発表し、継続的に取り組みを深化させている積水ハウス株式会社CSR部長の小谷美樹氏と、人事部 人材開発室 室長の安信秀昭氏にお話を伺った。
社員の心や人格の点で、ビジネスに勝つことを目指してきた
加島 まず、積水ハウス様の事業と、SDGsの位置づけについて教えていただけますか。
小谷 積水ハウスは「住」に関する総合メーカーです。スタートは住宅の請負型ビジネスですが、人口減少や高齢化などの環境変化に対応するために、リフォームや不動産フィーなどのストック型ビジネス、都市再開発などの開発型ビジネス、さらに国際ビジネスなどに事業を拡げています。ESG経営、SDGsの取り組みは、事業を成長させるためのベースという位置づけです。
SDGsを新しい規制や事業推進とは異なるものだとは考えていません。積水ハウスは、「人間愛」を根本哲学に掲げる企業です。「人間愛」とは、1989年に当時の社長であった田鍋のリーダーシップのもと、「経営計画は何によって達成できるのかという点を考えてほしい」「社員の心、社員の人格の点で同業を抜いていきたい」といった想いを込めて制定したものです。これを弊社の差別化ポイントとするのだということを、ずっと経営のベースにしてきました。
加島 1989年というとバブルのはじける少し前、景気が絶好調の時であったと思います。その時期に、どうしてそのようなことを考えられたのでしょうか。
小谷 世の中が豊かになり、住宅も行き渡った先の社会に必要なことは何か、ということを考えたのだと聞いています。この考え方がベースにあり、1999年には環境を経営の基軸とすることを宣言した「環境未来計画」、2005年には「サステナブル宣言」、2008年には脱炭素を宣言する「2050年ビジョン」を発表、その後も世界の動きに呼応し、リードする形で取り組みを進めています。
「サステナブル宣言」では、持続可能な社会と経営を推進するために、住まい手価値、環境価値、経済価値、社会価値という4つの価値と13の指針を定めました。これをSDGsに紐づけると13の目標に紐づきます。ですから積水ハウスにおいては、「サステナブル宣言」に基づいたESG経営を推進することがSDGsへの取り組みにほぼ合致します。推進・検証組織であるCSR委員会も「サステナブル宣言」と同年に設立しました。委員会は代表取締役4名をはじめとする社内委員と社外の有識者2名で、経営課題として組織的に継続的に推進しています。
事業をどう意味づけるかで、力の方向性が決まる
加島 SDGsもサステナブルも、今でこそ一般的な概念になってきましたが、2005年当時の社員の皆さんの反応はどのようなものだったのでしょうか。
小谷 当時、サステナブルという言葉は、ほぼ初耳だったと思います。いいにくい言葉だ、という声もありました。
しかし、そもそも住宅というものは人の暮らしの基点であり、暮らしを取り巻く様々な課題から住む人を守るという使命をもっています。省エネ住宅や高断熱住宅などは、その思想から既に生まれていました。また、住宅はメンテナンスをすれば、その耐久性は50年、100年と長いものです。家を建てるということは、未来に起こることに対しても責任があります。ですから、「サステナブル宣言」の内容に違和感を覚える者はいませんでした。
単身者やファミリー向け、高齢者など、多様な世代が共存し、住み継がれる持続的なまちづくりプロジェクト(「江古田の杜」)、地方創生に貢献する「Trip Base 道の駅プロジェクト」、在宅時の急性疾患対応を実現する家などの「プラットフォームハウス構想」といった近年の動きも、暮らしを取り巻く社会課題を住宅が解決するという思想の中から生まれたものです。社会課題の解決に取り組むことは、積水ハウスの事業そのものです。
高山 今、30代前半の選抜型研修をお手伝いさせていただいていますが、新規事業を提案する取り組みの中では、特にSDGsといった方向性を示さなくても、皆さん自然に、社会問題や環境問題の解決を検討されます。事業でSDGsに取り組むということが自然なことになっているのを感じました。
安信 お客様のことを考え、未来のことを考えると、そうなるのが本当に自然なことだからだと思います。新規事業というと、今までの枠を外して考えることが必要だと思われがちですが、決して突飛なことを考えればいいというわけではありません。われわれの業態や目的から離れたアイディアをプレゼンしたいと思う人は、むしろいないように感じます。
小谷 住宅販売の業務は、一人ひとりのお客様に向かい合って、異なる希望や課題に対応するというものです。私が支店に勤務していた際にも、「このプランは、奥さんは気に入ると思うけれど旦那さんはどう思うかな」「おじいさんはこういっていたよね」「こんな視点もあったほうがいいよね」|などといった会話を日常的にしていました。
それが今、社会課題に自然に敏感になることにつながっているのではないかと思います。
加島 「人間愛」という根本哲学や、そもそも住宅の使命とは何かという意味づけが、そのような行動を方向づけているように感じました。
力のベクトルを合わせる
加島 それでも皆さんが心を1つにして行動するためには、何か働きかけをされているのではないでしょうか。
小谷 私たちは、ベクトルを合わせるということを大切にしています。2020年は積水ハウスの創立60周年の節目です。それを機会に昨年、社員全員がもつ企業理念の冊子をリニューアルしたのですが、その表紙のデザインは矢印の形にしました。ベクトルを合わせて1つの方向性に力を注がないと将来をつくるイノベーションのアイディアは育っていきませんし、それが経営の方向性とつながらないと形にならないと考えているからです。
企業理念は、多くの支店で朝礼の際に読み合わせを行なったり、好きなフレーズについての意見交換などを行っています。スマートデバイスのアプリでも見ることができますが、全社員を対象に理解浸透させるということになると、このような形も有効ではないかと思います。
安信 トップの発信からの浸透も大きいと思います。会長も社長も全社員に対して話をする際は、必ず企業理念に触れて話をします。社内の経営トップブログやインタビューなどでも、ブレない発信があります。
小谷 今、社員がSDGsをビジネスチャンスとして捉えることを目的として、SDGsの社内浸透にも取り組んでいます。例えば、一昨年は代表取締役をはじめ、営業本部長やグループ会社社長など、総勢50名ほどで、環境や社会への取り組みと経済の両方の伸びを理解するSDGsのカードゲームによる研修を行いました。それを皮切りにして、サステナビリティレポートのe-ラーニングやSDGsムービーを制作しました。視覚的にも常に目に入るようにSDGsバッジも配布しましたが、これは全員が無条件に着用できるものではなく、勉強会や研修をうけるなど推進者としての知識を備えた社員が着用できるルールにしています。意義を自覚して、身に着けてもらいたいからです。
安信 先ほど少しご紹介しました「プラットフォームハウス構想」のように、メッセージがストレートに伝わりやすい取り組みが社内にあることも、ベクトルを合わせるために役立っていると思います。
積水ハウスは「『わが家』を世界一幸せな場所にする」ことを謳っています。そして、「プラットフォームハウス構想」が掲げる健康、つながり、学びという3つのテーマは、積水ハウスが考える幸せの要素です。幸せとは、住宅や土地、お金や株などの有形資産だけで得られるものではありません。健やかに生活を送れることであったり、社会や家族とのつながりであったり、常に学び続けられるといった無形資産が大切です。住まいはそういった無形資産をつくるプラットフォームの役割も果たすべきです。
今、交通事故でお亡くなりになる方が年間で約3千人なのに対し、家の中でお亡くなりになる方は、転倒などを含めると年間で約7万人もいらっしゃいます。そのうち家で急性疾患を発症したことによって約1万5千人が死亡していると推測されます。発見が遅れたためにお亡くなりになる、あるいは重い後遺症が残ってしまうこともあるはずです。まずは、この課題に対する対策を住宅が持つべく、取り組みを進めています。
加島 その構想をそのまま自然に突き詰めていくと、自社が建てた住宅以外のことも考えていくということにもなるでしょうか。
変化は創り出すことで、よい方向へ動いていく
安信 可能性としてはあると思います。
今、目指す方向性はハッキリしています。社長はよく、「現場の、お客様に一番近いところに、イノベーションにつながるアイディアがあるはずだ。それを活かす経営をしなければならない」といっています。先日、社長が選抜型研修で講義した際にも、受講生に向けて「新しいアイディアがあったらどんどん教えてくれ」といって、一緒にディスカッションしていました。
私たちの合言葉は、「イノベーション&コミュニケーション」です。コミュニケーションが活発になればなるほど、多くのアイディアや知恵が生まれ、イノベーションが起こると考えています。人材育成においても、イノベーターやアントレプレナーの素養をもった人材を早期に発掘して、その力を伸ばしていくような取り組みを新たに始めています。
また、マネジャーの育成も重要です。次世代の支店長候補を対象にした経営塾を行っていますが、そこで培う能力は「変化対応力」ではなく、「変化創造力」です。これからは世の中の変化に対応するだけでは十分といえません。変化を自ら創り出すことで、社会をよりよい方向に動かしていけるのだと思います。
小谷 CSR部としては、提供する住宅だけでなく、社員にとっての会社も幸せな場所でなければならないと考えています。
例えば先日、積水ハウスの木造住宅シャーウッドを、米国ラスベガスでコンセプトホームとして公開した際には、阪神・淡路大震災時に全半壊ゼロであったという災害に強い構造に対して、現地から驚きと大きな称賛をいただきました。アメリカにも地震やハリケーンの被害を受けやすい地域があり、課題になっているということですね。日本は課題先進国といわれていますが、当社がこれまでお客様のために積み重ねてきた技術の成果は、同じ課題をもつ海外でも有効です。そんなことを社員がもっと知って、誇りをもってほしいと思います。
また、弊社はESG経営のリーディングカンパニーを目指すという目標を掲げて取り組んできました。評価いただいている部分もありますが、まだ道半ばで、さらに取り組みを進めなければなりません。社員がいきいきと働き、能力を最大限に発揮できる職場づくりの施策として、1ヵ月以上の男性従業員の育児休業(「イクメン休業」)や女性活躍促進、働き方改革の取り組みにも引き続き力をいれていきます。自社を世界一幸せな会社にすることが優れた事業につながり、社会全体を幸せにすることにもつながる、そんな取り組みを進めていきたいと思います。
第三者から評価されること、自分で考えることが社会課題への目線を醸成する
加島 事業との違和感なくサステナブルの取り組みを進めていらっしゃると感じました。これからサステナブルの取り組みを深めていこうとする他社に向けて、何かアドバイスをいただけませんか。
小谷 実は私も、以前は社会課題を解決することを念頭において働いてきたとはいえませんでした。しかし、それがキャリアの途中で変わったという自覚をもっています。
私のキャリアのスタートは断熱住宅の技術開発に携わる技術者だったのですが、「新しい基準がでたからもっと性能をあげなければならない」「期日に間に合わせるためにはどうしたらいいか」など、目の前の課題対応に必死でした。しかし、お客様から「家が暖かくてうれしい」といわれたり、社外との交流会などに参加して「積水さんの断熱技術はいいですね」などという言葉を聞く機会をもてるようになって変わったと思います。それまでも知識として知ってはいましたが、本当に社会に影響を及ぼしていると実感したのです。これは社内だけで会話をしていたら、きっと気づくことができませんでした。先ほどご紹介した米国でいただいた反応などは、私たちの予想を超えていて、そこからも驚きと勇気をもらいました。
ですから、今まで自分が心を砕いて取り組んできたことを、第三者に聞いてもらう機会をつくることは、前進する力になるのではないかと思います。
安信 私は自社の取り組みをSDGsの17の目標に照らしたとき、こんなにも紐づくものなのかと驚きました。これはきっと積水ハウスに限ったことではなく、他社でも同じようにたくさんの紐づけができるのだと思います。日々の業務の中では目の前の仕事に一生懸命で、社会課題とのつながりを意識することは少ないかもしれません。だからこそ、一度自分自身の仕事を振り返ってみて、社会にどのように役立とうとしているのか、どの目標に向かっているのか、じっくり考えてみるのもいいかと思います。
加島 企業は社会に貢献することで存在し、競い合ってそれぞれの存在価値を突き詰めていくことが、社会全体をいい方向にむけていくということを、改めて感じることができました。
高山 本日は本当にありがとうございました。
Interviewer/株式会社セルム 代表取締役社長 加島 禎二 /西日本営業本部 高山 隼領
2020年1月取材
※所属・肩書・記事内容は取材当時のものです。