人財プールを充実させる若手からのタレントパイプライン
更新日:2019.03.15日本たばこ産業株式会社
たばこ事業本部 R&D統括部長 ( 事業企画室長(取材時))
石川 恒氏、 人事部長 妹川 久人氏
日本たばこ産業株式会社では、若いトップマネジメントを継続的に輩出するため、 NLP(JT-Next Leaders Program)というファストトラックを2013年から導入した。
また、たばこ事業本部でも、事業本部主体で選抜型次世代リーダー成長支援プログラム、 NETS(Next generation Exciting Training Seminar)を2016年に立ち上げた。
どちらもタレントのパイプラインを若手のうちからつくる施策であるが、これは単純に経営リーダーの若手化を目的としているわけではなく、適材適所を実現させるためには、若年層からの人財プールの充実が欠かせないと考えたからだという。
それぞれのプログラムの概要と、その背景にある成長支援に対する想いについて、NLPの責任者である人事部長 妹川久人氏と、NETSの推進者である たばこ事業本部 事業企画室長(取材時)の石川恒氏にお話を伺った。
意欲と実力のある人財への支援が、リーダー候補輩出の基本思想
加藤 JT様の実施されている人財開発のファストトラック・NLP(JT-Next Leaders Program)は、特に若い世代からスタートされていることが特徴的だと思います。まず、このような取り組みを始められた目的についてお伺いできますか。
妹川 特徴的、といわれればそうかもしれませんが、目新しいことを始めたというより、これまで同様に、取り組んできた施策の補強や改善をして、たまたま今がこの形になっているだけだという認識をしています。
実現しようとしているのは、その時々において、必要な役割を担える人財が必要なポジションにつく、という適材適所がきちんとできる状態です。これは、人財プールが充実していないと実現できません。
そういう意味では若手に限ったことではないのですが、若いために経験や実績を得る機会が少なく、そのためにリーダー候補者に入らないという状態は変でしょう。意欲も実力もある人財への支援は、年齢や年次に関わらず欲張ってやっていきたいと思っています。
特に、若いうちの経験はその人財の成長を方向付ける大事なものであり、中長期的に捉えれば本人にとって大きな糧になるはずです。年齢が若いことを理由にしてリーダー候補者としての支援から除外する理由はありません。
当社では現在でも、年齢や年次によらず実力とポテンシャルに応じて任用を行っています。だからこそ、そこに至るに足る経験や実績を積み重ねてもらうことが非常に大切です。NLPはそのための取り組みのひとつとして位置付けています。
グループ全社を対象にした経営リーダー輩出のファストトラック・NLP(JT-Next Leaders Program)
加藤 NLPの概要についても、ご紹介いただけますか。
妹川 NLPは、内定者を含めた20代から30代後半の社員を対象にしており、Candidate・Junior・Middle・Seniorという4つの階層を設けています。基本的には手上げ式で誰でも挑戦することができ、知識やスキルについての試験やグループワークでのパフォーマンス観察、役員面接などで選考を行います。そして、すべての選考プロセスを合格した者に対しては、その後の数年間は、全社マターとして優先的に成長支援をするというものです。
応募にあたっては、上司に相談する必要はありませんし、選考過程に上司が関わることもありません。純粋に、客観的に選考プロセスの中で見極めを行います。応募が数十名~数百名レベルあるのに対し、最終的に合格するのは数名という厳しいものです。
成長支援の内容は、一律ではありません。全員が必ず受ける集合研修などもありません。挑戦的な異動やミッション、社内外の教育機会等、成長の場となり得ることを、対象となる人財にあわせて提供していきます[図1]。
いずれの階層も、一度選考を通過すればその後はずっと選抜者としてみなされるというわけでもありません。それぞれの階層ごとに改めて選考を行いますので、選抜者が入れ替わることも当然あり得ます。この仕組みによって、選抜者が自分の成長に対して自覚と責任をもつこと、また、あらゆる人財に機会を提供することを担保しています。
加藤 選抜者に求めるものは何でしょうか。
妹川 シンプルに言えば、人材市場から見ても高い競争力のある人財ということですが、私としては特に「高潔性」を求めたいです。
NLPは、単に優秀人財を選抜することを目的にした取り組みではありません。
先ほどから何回か、合格という言葉を使ってご説明をしましたが、実は私は合格という言葉は、あまり好きではありません。合格することがゴールのように感じさせてしまうからです。重要なのは、選抜された後の支援期間に、どんどん挑戦的な仕事を任せられたり、幅を広げる経験をしたりといった成長の場を、優先的に、数多く得ることによって、能力的にも人格的にも成長していくことです。
ですから選抜者には、エリートコースにのった、などとは決して思ってほしくありません。NLPに、あえて手を上げない者だっているはずです。自らの選択で成長の機会を獲得したのだ、という自覚を強く求めます。
また、そもそも成長の機会は、全員が得られなければならないものです。ただ、経営リーダー候補となるためには、組織全体を理解するための経験や、人を通じて成果を生み出す経験が必要不可欠です。NLPの選抜者にはこういった機会を優先的に付与していますが、究極的なことをいってしまえば、NLPのような取り組みがなくても問題がない状態になっていくのが、最も目指したい姿なのだと思います。
たばこ事業本部の次世代リーダー成長支援プログラム・NETS(Next generation Exciting Training Seminar)
加藤 たばこ事業本部様が主体で実施されている選抜型の次世代リーダー成長支援プログラム・NETSの概要についても、お伺いできますか。
石川 NLPはグループ全体の経営リーダー輩出を意識しているものですが、たばこ事業本部としても、たばこ事業本部のトップ層の人財プールの充実に事業本部全体で取り組まなければならないと考えています。
NETSは、これを推進するためのプログラムです。将来の経営者としての視座をもつきっかけとなること、あるいはそのマインドセットをすることを狙いとしています。
20代後半を対象にしたGene1、30代前半までを対象にしたGene2、若手マネジメント層を対象にしたGene3という3階層があり、たばこ事業本部でも切れ目のないタレントパイプラインを意識しています。
NETSは、役員推薦で対象者を選出します。前回は、3階層で計約50名を選出しました。
選抜者に対しては、約8か月の実践型トレーニングを行います。例えばある年は、部門横断的なチームで「将来のたばこ事業の経営課題」を設定し、解決策を検討、そこに役員がアドバイザーに入る、というプログラムを実施しました。
他部門のメンバーと深いディスカッションをすることで視野が広がりますし、役員がアドバイザーに入って投げかける問い、あるいはちょっとしたコメントが、たとえその時点では消化しきれなくても心に引っ掛かり、経営とは何か、リーダーとは何かということを、自分で考えるきっかけになっていくと考えています。
私自身の若い頃を思い返しても、役員クラスの幹部と話したことが、その後の自分のマインドセットや思考に影響を及ぼしていると感じています。ですから、役員と接するということは、このアクションラーニングの中では非常に大切な要素だと考えています。
加藤 特にGene1世代は、役員の方と話したことがないという人も多いのではないでしょうか。
石川 そうかもしれません。ですが、運営側が役員との接点をお膳立てするようなことはしません。役員がアドバイスに入ってくれるという関係性だけはセットしますが、相談内容を考えてアポイントを取って役員に会いに行く、というのはチームごとに自発的に行ってもらいます。そのため、チームによって関わりの濃淡がありますが、受け身ではなく、自分たちで考えてサポートを得に行くということが、大切なのです。
どこかに明文化されていることではありませんが、JTには「とことん後輩想い」というカルチャーがあります。アドバイスをお願いしている役員からも「もっと巻き込んでくれ」といった、前向きなクレームをいただくこともありました。運営側としてはありがたいことです。
アクションラーニングが終了した後は、人財に合わせて、たばこ事業本部全体をつかって経験の幅を広げるための異動やチャレンジングなミッションに関わってもらえるようにしています。
集合研修は、マインドセットや視座を高めるきっかけとなりますが、人を本当に成長させるのは日々の仕事の中での経験でしょう。そこに、研修とその後のフォロー、上司とのコミュニケーションなども含めて、成長支援の「流れ」をつくっていくことが大切です[図2]。
しかし、ふさわしいポストに空きがなかったり、挑戦させようと思っても、対象者が取り組んでいる最中のプロジェクトから手が離せない、などという実運営上の難しさもあり、日々悩みながら取り組んでいます。こうした課題も乗り越えながらさらに成熟させていかなければなりません。
事業本部もグループ全社もタレントパイプラインはつながっている
加藤 NLPとNETSはどのような関係なのでしょうか。
妹川 表面だけを見れば、NLP、NETSという2つのプログラムがあるように見えるのですが、私の中では、繋がっている1つのパイプラインです。
施策上の違い、例えばNLPは手上げ式、NETSは指名といった選抜方法の違いはありますが、それは思想の違いなどではなく、たばこ事業では日頃の仕事を通じて人財が見えているので指名という方法がフィットし、人事ではグループ全体を対象にしているので手上げ式を採用したというだけだと考えています。
石川 NETSを受講して視座があがった人財が、志を抱いてNLPに挑戦することもあります。NETSは基本的に、たばこ事業本部のリーダー人財の充実を目的とした取り組みではありますが、これはむしろウェルカムです。施策の成果の1つだと思います。
妹川 このような取り組みの内容、及びその取り組みの中で把握した人財の情報はお互いにオープンにしています。私と石川の間はもちろんのこと、我々2人に限らず、事務局同士でも情報の共有をしています。
成長支援施策のフレキシブルさを保ち、人が育つ新しい土壌を醸成していく
加藤 これから取り組むべきと考えている人財開発の課題は何でしょうか。
妹川 人事部長という立場にいる私がこんなことをいうと叱られてしまいそうですが、私は「人の成長とは何か」という問いに明確に答えられません。
人の成長を定義したとしても、それが正しいのか。今、認識している成長の概念と、将来必要となる成長の概念が同じなのかということも疑問だからです。
しかし、これは新しい課題というより、成長支援の永遠のテーマかもしれません。考えれば考えるほどわからなくなりますし、どれだけやっても足りないことはあるでしょう。しかし、支援側としては、そこから逃げないことが大事です。
我々人事の存在価値の1つは、人財を現場の視点とは別の視点、いわば複眼で見ることではないかと思っています。しかし、基本は日々の職場で、一緒に過ごす上司などが、しっかりその人財の面倒をみて、成長を支援するということでしょう。そう考えると、次の課題は、上司の支援かもしれません。
石川 私も、これからは上司との関わり方が大きなポイントになると考えています。特に、過去の常識が通用せず、何が正解か誰にもわからないこれからの時代は、上司は部下に教えるのではなく、目指す姿やその想いを共有して大胆に任せる、といったことのほうが大事な場合が多いでしょう。
上司と部下の関係性を進化させていくことが課題です。それが、人が成長する新しい土壌づくりになるのだと思います。
妹川 それを支援する部署の責任者としていえば、成長支援施策は、「改善しやすい」ということをしっかり担保することにこだわっていきたいと思います。もちろんすべて、良かれと思って企画しているのですが、おかしいとわかったら改善できるというフレキシビリティは大事です。
定性的にはわかっていても、定量的に測れないことを変えるというのは、勇気の要ることです。多くの人に影響が及ぶこともあるので、丁寧にやらなければいけませんし、大変なこともあるでしょう。しかし、昨日までの自分たちの考えを否定するくらいの勇気と誇りをもってやっていこうと思っています。
加藤 これから未来をひらいていくのだ、というお気持ちを感じました。本日はありがとうございました。
Interviewer/株式会社セルム 常務執行役員 加藤 友希
2019.1月取材
※所属・肩書・記事内容は取材当時のものです。