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全体性を持った個がつながっていく「経営チーム」
~ 村田製作所が育てる「組織・人的資本」 ~

更新日:2026.09.16

株式会社村田製作所
管理本部 本部長
常務執行役員 戸井 孝則 氏

「Innovator in Electronics(エレクトロニクスの改革者)」を掲げ、セラミックコンデンサをはじめ、電子部品で世界を支える村田製作所。海外売上比率は9割を超え、生産も世界に広がる。その経営を長く貫いてきたのが「自律分散型組織」という思想だ。しかし常務執行役員の戸井孝則氏が語ったのは、自律分散を成り立たせる前提としての「全体性」であり、組織と人を切り離さずに捉える「組織・人的資本」という、ムラタならではの考え方だった。2030年、そしてその先の時代に向けて、ムラタは何を変え、何を残そうとしているのか。株式会社セルム会長・加島禎二が聞き手となり、ムラタの”らしさ”の核心をたどった。
この対話の背景には、村田製作所が2022年から進めてきた次世代リーダー育成プログラム「Make 2030」がある。事業部の垣根を越え、30~40代の中堅約130名が集い、Vision2030を”自分ごと”として未来を描く。対話を重ねるその取り組みは、戸井氏が語る「全体性」や「つなぐ人」の思想と、根を同じくしている。

経営が見据えるのは、2030年ではなく「次の次の時代」

今回のテーマは「未来の経営リーダー育成」。だが戸井氏の視線は、すでにその先を見ていた。

加島 今回のテーマは「未来の経営リーダー育成」ですが、戸井さんとして、いまいちばんお話しになりたいことに近いでしょうか。

戸井 未来、というのはいいですね。2030年はもう見えていますし、やることも明確になってきました。私が考えたいのは、その先です。次の経営を担うチームは、もうイメージできていないとおかしい。毎月のように、次の経営チームを議論しています。

加島 時間軸でいうと、2032〜33年ごろまでは、外部環境の変化もあってかなり見えてきた。そこは人・組織の面でも、なんとかいけそうだと。

戸井 近場でいえば、我々世代にとっては“最後のチームづくり”です。数年で経営の中核になってもらう人たちですから。
でも、本当の人づくり、リーダーづくりという意味では、2040年、次の次の時代を見据えないといけない。そこにどんな時代が来ているのか。ここは、長期のビジョンのなかでしっかり議論しないと。

データセンター需要の拡大、そしてAIの進化。戸井氏は、その次に来るものを見ている。

戸井 AIの時代が来て、インフラが整えば、次はそれを『どんなデバイスで使うか』になります。今まではスマートフォン一本でした。でも、眼鏡のようなもの、スマートリング、ロボット、ヒューマノイド……エッジデバイスで、どんなものに使っていくか。そこに向けて、人・組織をつくらないといけない。

加島 あらゆる人間や社会の課題を、つぶさに見ていないといけない。そんな仕事の仕方になりそうですね。

戸井 そこまで想像して仕事をする人が要ります。一方で、足元はものすごく忙しくなる。そこはそこで、進めないといけないんですけどね。

加島 変わってきそうで、楽しみですね。

戸井 そうしたいんです。課題ばかりの話にはしたくない。自律性、進歩性、そして全体性。どういう未来をみんなで描いていくのか。それをしっかり描ける人材をつくる。少し先を見ながら、そこを楽しめないと、しんどいばかりになってしまう。

その先に戸井氏が見据えるのは、世界で最初に指名される部品メーカーであり続けること。そして、その未来を担うのは一人の英雄ではないという。

戸井 これからは、一人でできる時代ではありません。次の経営を担うのは、個人というより『チーム』です。人は一人ひとり育てるものですが、最終的にはチームをつくらないといけない。

加島 未来の、経営チームづくり、ということですね。

自律分散を支えるのは「全体性」である

その経営チームづくりの土台に、ムラタが長く掲げてきた組織思想がある。「自律分散型組織」だ。ただし戸井氏は、その言葉に誤解が生まれやすいと言う。

戸井 自律分散というと、それぞれが勝手に動くイメージを持たれがちです。従業員も、都合よく捉えてしまう。『俺は自律してやっている』と。もちろん一人ひとりに自律して動いてほしい。でも、いちばん大事なのは『全体性』なんです。全体最適を捉えたうえでの自律分散でなければ、ただの分散になってしまう。
たとえば、同じ用途をめぐって、ムラタの中でも違う部品で競争が始まることがある。でも、ムラタとしてどれを選ぶのか。そういうときは、ムラタ全体を考えて判断しないといけない。全体性は、要るんです。

その全体性を保つために、戸井氏がもっとも重視するのが「情報格差をなくすこと」だ。

戸井 情報格差が、一番いけない。社長は出張報告など共有すべきと思うところをどんどん、ご自身の社内のブログに書かれています。情報を出来る限り共有して、全体性を持ってもらう。その上で、それぞれが考えて動けば良い。
世間ではよく、上司のほうが情報を持っていて、その差でマネジメントする、という話があります。でも、あれはおかしい。もちろん人事情報のように出せないものはある。けれど顧客情報のようなものは、早く一緒に知っているほうが、同じ行動ができる。目指す終着地も想像できる。方法は違っても、最後は一緒になるんです。

加島 情報格差をなくすという言葉の背景には、人の考える力や意志を、ちゃんと信じていらっしゃる。そのブレーキになるものを外してあげることこそ大事だ、というような姿勢を感じます。

戸井 そうですね。そうすることで、一人ひとりの個性や力が活きる。それが、社長がずっと考えてきた自律分散のねらいだと思います。

加島 いまの時代は、明らかに個人主義のほうへ向かっています。組織をつくれば、そこに溝もできる。その宿命と戦わないといけない。
そんななかで、全体性を持てることを理想に掲げて、そこへ向かっていく。これは、すごいことだと思うんです。皆さんが困っているところですから。

戸井 言っているから、うまくいっているかは別ですけどね。でも、それが大事だ、ということです。

ムラタはVision2030で「個人として、組織全体としてイノベーターを目指す」と掲げ、部門や拠点を超えて信頼・連携し、調和することを描いている。戸井氏の語る「全体性」は、その公式の未来像とそのまま重なる。

「らしさ」は、残すものと変えるものを見極めて進化する

全体性を大切にするムラタの“らしさ”は、どこから来たのか。杉﨑が、かねて社内で語られてきた逸話を持ち出した。

杉﨑 自律分散型組織という言葉は、会社が危機的な状況にあったとき、誰も指示しなくても皆がやることを分かっていて、自律的に動いていた。その姿を見て、社長が言い出した。そう伺ったことがあります。

戸井 その出来事もあると思います。ただ、私はどちらかというと、元々強かったと思っています。ムラタは、危機には強いのです。能登地震の時もそうでした。協力会社さんも含めてすぐに動いて、すぐに代替生産を立ち上げました。地震発生当初は、毎日危機対策本部でその場でどんどん決めて進める。危機の時に一致団結して行動できるのは、ムラタの強みです。
この“らしさ”は、組織風土改革の活動が上手く回り始めた2010年代以降に、経営チームのまとまりとしても根付いてきた。

加島 風土改革のプロセスを通じて、自分たちの組織文化や、人の集団としての強み・課題に、皆が向き合う習慣が生まれた。そういうことなのかもしれませんね。

戸井 そうですね。当時の前社長、村田恒夫を中心に、経営陣がまとまっていた。派閥のようなものもなく、皆で会話できる。上がそうなら、下もやれる。あの頃から、経営チームとしてそれができてきた気がします。だからこそ、次の時代も、まずチームづくりがいちばん大事だと思えるんです。

ただし戸井氏は、残すべきものと変えるべきものを冷静に見分けている。

戸井 協力体制のような、いいところは残さないといけない。一方で、これまでは同質性が強い会社でした。同じものを精度よく、安くつくる。そこに強みがあった。でも、これからは違いを認めて、多様性を活かす段階です。一人ひとり役割も、貢献の仕方も違うんだ、と。それを文化として根づかせたい。

そのために、ムラタが求める人材像を示すGLC(グローバルリーダーシップコンピテンシー)を、これまでの管理職層から現場へと広げ、人事制度そのものを五年ほどかけて見直そうとしている。

戸井 最近、尖った人材が育ちにくくなってきています。チームワークが強くなり過ぎた面もあるのだと思います。ただ、これから更に変革、成長していくには、個を活かすことが必要です。その人に何が期待されているか、しっかり多様性を皆が受け入れ理解する。そのためには、個を活かすピープルマネージメント人材も育てていかないといけない。

個を生かす鍵は、人を「つなぐ人」にある

個を生かす。その先に、戸井氏が置く鍵の言葉がある。「つなぐ人」だ。

戸井 個が立っているだけではだめで、全体性を持った個であってほしい。そのためには、人と人を『つなぐ人』が要ります。専門性で尖るというより、相手の考えを引き出して、つなげていく。コーディネーターのような人です。

加島 具体と抽象を行き来できる人、とも言えそうですね。専門家が深く入り込んだ話を、『それはどういう意味があるのか』と引き出して、『実は、あの人のやっていることと目的は一緒じゃないか』と結びつける。

戸井 そうです。そういう人は、少なくとも人が好きなんだと思います。人に関心を持てる。行動にも、いろんなことにも。

では、その「つなぐ人」は、どうすれば育つのか。その問いに、戸井氏は少し笑って、若い頃の逸話を明かした。

戸井 昔、昇格論文に『人の資質をゼロからつくるのは難しい』という趣旨のことを書いたことがあるんです(笑)。乱暴に聞こえますが、要は誰でも良いのでなく、しっかり素質をみて教育しないといけないと思うんです。人に関心を持てるかどうか。そこは、後から学んで身につくものではない気がするんです。人に興味を持ち、人と人をつなぐにはやっぱり会話が必要です。雑談も含めてです。
ただ、その素質も、放っておいて伸びるものではありません。つなぐには、やはり会話が要る。雑談も含めてです。

加島 なるほど。だからオンラインだけでは、難しいと。

戸井 オンラインにも、いいところはあるんです。すっと話せる、どこにいても話せる。でも、深まらない。引き出せない。

加島 対面だと、最後のアジェンダが終わった瞬間に、何かアイデアが出たりしますよね。別れ際、エレベーターホールで気づいたり。

戸井 そうなんです。ふと投げかけられる。帰り道で、また生まれたりする。イノベーションを生むには、そういう場が、そしてつなぐ人が要るんです。そのつなぐ人が、いまどんどん減っている気もしていて。

人をつなぎ、皆を同じ方向へ動かす。その話は自然と、組織の意思決定をどう進めるか、という論点に及んだ。多くの現場で語られる「合意形成」という言葉に、戸井氏と加島は共通の違和感を持っていた。

加島 『合意形成』と言っている間は、自分に明確な意図がなくても、調整すればまとまる。そんな感覚のことを、皆さんおっしゃる。でも現実はそうではなくて、本当に正しい線はこれだ、という仮説をしっかり持って話さないといけない。

戸井 実は、答えはもう決まっている気がするんです。それをいかに論理的に話して、理解してもらうか。『説得』だと思うから、できなくなる。会議の輪の中でも、できることは多いはずなんです。

加島 勝ち筋が、まだ信じられていない。自信がないから、誰が何を言うかを調整しなきゃ、と動いてしまう方が多い印象があります。

戸井 悩ましいのは、会社が大きくなったことなんです。我々が入った頃とは、社会からの見え方も違う。大きな会社に入った、という前提で入ってくる人たちですから。

では、戸井氏自身はどうだったのか。自分の意見をはっきり言えるようになるまでに、壁はなかったのか。問うと、答えは率直だった。

戸井 私は、若いころから『自分の考えを言うこと』を許されてきた様に思います。労働組合の仕事をしていた時期も十数年あったので、経営TOPの方々にも意見を言うことが仕事だったこともあり、抵抗感なくやれました。
ただ、やっぱりいろいろな個性の人がいるので、心理的な壁があるでしょうね。これからは、発言しやすい環境をつくっていくことが重要だと思います。

腹を割って話せる経営チームを、若いうちから育てる

経営チームづくりで戸井氏が欠かせないと考えるのが「腹を割って話せる関係」だ。

戸井 形式だけの経営会議ではなく、本当に腹を割って話せる関係をつくらないといけない。会議は立場もあって、それぞれが話す。でも、しっかり腹を割って話せる関係がないと、チームにはならない。社長に対しても、役員に対しても、言えるような環境です。

加島 評価されるんじゃないか、馬鹿にされるんじゃないか、という心配なく話せる。

戸井 そうそう。そういうことがなくて、言っても大丈夫だ、という関係。もちろん立場へのリスペクトは要りますが、それでも言える。心理的安全性がないと、危ういんです。

加島 自分がチームの一員だと感じられる、その瞬間やプロセスは、とても大事な気がします。

戸井 人選も大事ですし、『言っても大丈夫だ』と思える関係づくりが要ります。経営チームは、それぞれに得意・不得意の凸凹がある。それをどう組み合わせるかも、大きい。そういうチームを、できるだけ若い段階から、しかもグローバルにつくっていきたい。

ここに、ムラタにとって次の大きな課題が重なる。海外売上は9割を超える一方、コーポレートや研究開発といった機能は、いまも日本に集中している。国境を越えた経営チームを、どう育てるか。その担い手として戸井氏が見据えるのが、部長・課長といった中間層であり、越境の経験でストレッチをかける取り組み「Make 2030」も、そこにつながっている。

戸井 これからは、海外の優秀で多様な人材も活かさなければ、競争できません。国を越えても、目指すところは一緒。やり方は違っていい。中間層の人材も、それぞれの場で光っている。そこから、人と人をつなぐ人材になっていってくれるか。そこが、次の課題なんです。

Make 2030とは

村田製作所が2022年5月から約1年半かけて実施した、次世代リーダー育成プログラム。事業部を越えて30〜40代の中堅約130名を選抜し、①中長期の理解、②チーム活動、③リーダー像の明確化、の3ステップで進めた。「未来を妄想するクセをつける」「自身の行動につなげる」「チーム連携で可能性を広げる」を掲げ、Vision2030を一人ひとりが“自分ごと”にすることを狙う。組織横断の対話を重んじる点に、ムラタ“らしさ”がにじむ。

革新の担い手を育てる人材育成プログラム「Make2030」とは?
https://article.murata.com/ja-jp/article/what-is-the-human-development-program-make-2030-1

組織と人は、分けられない

対話の最後、戸井氏はこの取材でいちばん伝えたいことを、静かに語った。

戸井 ムラタの価値創造には、六つの資本という考え方があります。その一つが『組織・人的資本』なんです。普通は『人的資本』ですよね。でも私たちは『組織・人的資本』。組織で、チームで仕事をするんだ、というところを、あえて言っている。ここは、他社と違うところだと思います。

加島 組織と人を分けて『どうつなげるか』ではなく、はじめから一つのものとして捉えるべきだ、ということですね。

戸井 そうです。組織にこだわったのは、恒夫元会長でした。最後まで『組織を入れてほしい』と。ここがムラタの強みになるはずだ、と。危機のときにみんなで協力できる。
異動も、人と組織を融合させる育成の大きな柱です。場所は変わらなくても、軸を変える異動はあっていい。それも含めて、簡単にはやめられない。全部が、組織・人的資本という土台の上にあるんです。

加島 一足す一が、二以上になる。それが組織の力だ、ということですね。

戸井 そういうことですね。

ムラタの「組織・人的資本」とは

村田製作所は、価値創造を支える資本の中核に「組織・人的資本」を置く。多くの企業が「人的資本」と呼ぶところを、あえて「組織・人的資本」とするのは、個人のスキルだけでなく、組織全体の協働・相互作用を重視するからだ。統合報告書では、これを「ほかの資本を繋ぐ役割を担い、価値の最大化(=総合力の発揮)を実現するための重要な資本」と位置づけ、すべての経営資本の中核に据えている。その土台にあるのは、1954年に創業者・村田昭が定めた社是だ。「会社の発展と協力者の共栄をはかり、これをよろこび感謝する人びととともに運営する」――組織と人を一体で捉える発想は、創業以来のムラタの遺伝子でもある。戸井氏が語った「全体性」「つなぐ人」「一足す一が二以上」は、この思想の別の言い方でもある。

加島 組織と人を一体のものとして捉える。その思想が、全体性にも、つなぐ人にも、危機に強い協力体制にも、すべてつながっていることが、よく分かりました。
本日は、たくさんお話しいただき、ありがとうございました。

取材を終えて

ムラタの自律分散は、「個人が自由に動く」ことではない。個が自ら考え、動きながらも、会社全体として向かう先を共有している状態である。
だからこそ、これからの人・組織づくりでは、「個か組織か」という二元論を超えなければならない。個を生かす。組織を生かす。違いを認める。人と人をつなぐ。情報を共有する。腹を割って話せる関係をつくる。グローバルに経営チームを育てる。そのすべてを統合する言葉が、ムラタの「組織・人的資本」である。
ムラタが目指す未来の経営チームとは、全体性を持った個がつながり、組織として新たな価値を生み出すチームだ。

※本記事は2026年7月に実施した取材をもとに構成しています。

Interviewer

株式会社セルム
取締役会長 加島 禎二
グループマネジャー 杉﨑 直也

※所属・肩書・記事内容は取材当時のものです。

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