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変革をリードする経営者を、計画的に育成する
ーUACJのサクセッションプランの導入と挑戦ー

更新日:2025.05.19

株式会社UACJ
代表取締役 社長執行役員 田中 信二氏

株式会社UACJ
副社長執行役員 山口 明則氏

総合アルミニウムメーカーである株式会社UACJは、2019年からの構造改革の一環としてサクセッションプランを導入し、経営リーダーの計画的な育成に取り組んだ。2024年4月に代表取締役に就任した田中信二氏は、そのサクセッションプランを運用して誕生した経営者の第1号となる。
「我々はどちらかといえば保守的な会社」という同社が、どのようなサクセッションプランを行ったのか。そしてそのプランを適用された本人は、どのような経験を重ね、経営者として変化していくのか。代表取締役 社長執行役員の田中信二氏と、サクセッションプランの設計・運用に携わった副社長執行役員の山口明則氏にお話を伺った。

サクセッションプランの仕組み

加島 サクセッションプランを適用されたご本人、立ち上げに関わった方のお話を伺う機会は貴重です。本日は、ご本人ならではのお気持ちやご意見を、お伺いできればと思っております。
 まず、貴社のサクセッションプランの概要とこれまでの経緯を教えていただけますか。

山口 我々は、どちらかといえば保守的な会社だという自覚があります。以前は、後継社長の選任は現社長の専権事項でしたし、1つの部門内にも序列のようなものが存在していて、例えば「次の部長はあの人だろう」といったことも、なんとなくわかっている雰囲気もありました。
 サクセッションプランを導入したきっかけはコーポレートガバナンスコードです。「世の中の変化に遅れてはいけない」というのが直接の動機でした。ただ、ガバナンスコードの理解が進むにつれ、これこそ本来正しい方法であり、当社に必要なことだという認識にどんどん変わっていきました。

戸田 プランを立案されていた当時、「やるからにはきちんとやる」という、覚悟を感じるような言葉を何度もお聞きしていました。
 
山口 当社のサクセッションプランは、まずは各部門で、役員や部長クラスが「自部門の人材を洗い出す」ことから始め、続いて、関連する領域の役員が集まってその内容を多面的に評価します。その後、社長、各部門の役員、人事担当役員がメンバーとなる「全社経営人材育成検討会」で、情報共有と意見交換を行います。そして社長が、そこでの議論と社長後継者に求められる要件を照らし合わせ、さらにアセスメントや360度評価といった定量的な情報も検討して、プール人材を選定します。それを指名・報酬諮問委員会にあげ、確認・モニタリングをするという仕組みになっています。育成は、異動を柱にしており、研修やコーチングなどの施策は、異動先でのパフォーマンスを支援するために行います。

加島 誰にプール人材の選定に関わってもらうかは、人の心情への配慮などもありデリケートな部分です。各部門の部長クラスも関わるというのは珍しいケースだと思います。

山口 人材プールは、社長候補の人材プールと、役員候補の人材プールをつくっています。役員候補の人材プールは部長クラスから選ぶだけでなく、課長クラスからも選んでいます。「全社経営人材育成検討会」のメンバーは全員が役員のため、現場の人材との接点が限られることや、部長クラスにも後継者育成の意識を高めてもらうという狙いがあります。

サクセッサー当人はどのような取り組みをしていたか

加島 田中社長にお伺いさせてください。社長に就任するまでのサクセッションプランのプロセスの中で、取り組まれたことや感じたことを教えていただけますか。

田中 UACJのサクセッションプランは、候補者に告知しない運用をしています。ですから私も、私自身がそんな対象であるとは、決定の直前まで知らされていませんでした。
 実は私は、入社以来の約30年、ずっと製造の現場で過ごしてきました。2016年からは、タイ工場の立ち上げに携わりましたが、担当したのは国内と同じ製造に関わる仕事です。ですから日本に戻っても、製造部門に配属されるものだと思っていました。日本に戻れという連絡は、2020年に、現在は会長となっている石原美幸から電話で伝えられました。「本社に来てくれ。色々見てもらうけれど、財務も見てもらう」といわれたのですが、製造一筋の自分にとってはあまりに意外だったので、「ザイムのザイって“材”という字じゃないですよね。どんな漢字を書きますか」と、冗談半分で返したことを覚えています。
 そして、本社の財務部の副本部長と、今隣にいる山口が本部長を務めていたビジネスサポート本部(調達、人事等のコーポレート部門を管轄)の副本部長を兼務することになりました。どちらの業務も私は素人です。当然、勉強していくのですが、すぐに全体感をもって何かができるようになるわけではありません。ですから、どうすれば皆の力をもっと引き出せるかを考え続け、2年間担当しました。その後、構造改革本部長に就任して、2019年から取り組んでいた構造改革の最後の1年を担当しました。その翌年にはサステナビリティ推進本部の立ち上げを担当しました。
 この間に断続的に計1年半くらい、メンターをつけていただきました。「コーポレートガバナンス…あぁ聞いたことがあります」というレベルだった私に対し、経営の視点からの質問がガンガン浴びせられ、メンタリングが1回終わるごとに、本を読んだり調べたりして勉強し直す必要がありました。

 当時、月に2冊以上の本を読まれて、感想文をメンターに提出して議論されていましたね。

田中 大変でしたが、あの時間がなければ、あれほど勉強することはなかったと思います。
 本社勤務になってから全く畑の異なることばかり担当していたので、「これは何だろう」とは思っていたのですが、指名・報酬諮問委員会で何年にもわたって絞り込みが行われていたことは知りませんでした。明確に社長後継候補であることを告げられたのは、2023年の11月上旬のことです。そして、11月下旬に指名・報酬諮問委員会の面談を受け、12月の中旬頃に決定したといわれ、翌年4月に就任。そんな経緯でした。夢中で4年間を過ごしたという感じです。

全社視点をもつきっかけは、何だったか

田中 ただ、構造改革本部で行った通称「値決め改革」は、製造部門時代からの強い想いを軸にして推進しました。それまでは、原材料が高騰しても、お客様から「値上げは認めない」といわれれば、歯を食いしばるしかありませんでした。「値決め改革」とは、コストの増加分を価格に反映できるよう、エネルギーサーチャージ制や添加金属のフォーミュラ制を導入したことをいいます。
 私たちはお客様ごとに、場合によってはお客様のラインごとに素材の配合を変え、お客様の生産性が高まるようにしています。それを実現する開発力や技術力、安定供給力が私たちの強みであり、多くの努力と時間を費やしています。ですから、単にキロ〇円という素材を提供している会社ではなく、お客様に+αの付加価値を提供していることを評価していただけるように、お客様に働きかけていきました。

加島 田中社長が全社視点を意識したのは、この頃だったのでしょうか。

田中 断片的には色々なところに想いをもっていましたが、それらがつながった全体感をもつ、という意味では、おそらくサステナビリティ推進本部の頃だと思います。
 アルミニウムは、ほぼ永久的にリサイクルが可能な素材です。この価値をどのようにアピールするかの検討がまず必要です。またリサイクルを容易にするためには、アルミに添加合金を入れたり、リサイクル材を入れたりして合金をつくるのですが、この成分計算は鋳造の技術者にとっても非常にやっかいです。かといって、純度の高いアルミ地金の精製は、大量の電力とCO2を排出します。この点についての技術者の理解も必要ですし、製造工程の見直しも必要になります。さらにいえばお客様にも、リサイクル率が高く、低環境負荷で製造された素材を使うことがもたらすメリットについて、もっと理解いただく必要があります。様々な部門の動きが必要ですし、それらをかけ合わせれば、さらにアルミ製品のニーズが拡大する、という局面にいるのです。
 社長後継者候補として受けた面談では、「アルミに対する熱い想いを述べてください」という質問がありましたが、そこでもこのような話をした記憶があります。

山口 指名・報酬諮問委員会では、さらなる変革を推進する次期社長の要件として「変化への適応力」「戦略立案能力」「実行力」「構想力」「発信力」「多様性の尊重」を挙げていました。田中はこの時までに取り組んだ仕事の中で、これらの要件の多くを体現してみせたことが、社長選定での評価ポイントになりました。

経験したからこそ感じる改善点は

加島 ご自身が社長に就任するまでのプロセスを振り返り、「もっとこれがあればよかった」と感じることはありますか。

田中 正直、まだ振り返れるほどの余裕はないのですが、現時点で感じていることを挙げてみます。
 私が製造以外の仕事の仕組みが見えたのは、本当に社長就任直前の4年間でした。もう少し早く、早くといっても長くという意味ではなく、例えば30代くらいに一度、全社業務が見える仕事を経験していたら、その後に製造の仕事に戻っても、もっと広がりをもって取り組めていたのではないか、と思っています。製造現場にいると、この仕事をいつまでに立ち上げる、納品を間に合わせる、仕入れ原価はいくらか…といったことで、手一杯にならざるを得ないですから。

山口 ですから今、部長相当のクラスよりも下の層の人材プールをつくる取り組みをしています。
 いわゆる中堅どころが育成のために異動、となると現場からは少なからず抵抗があると思いますが、何とかして実現したいと思います。また本人たちも、今全力で取り組んでいる目の前の仕事から離されるのは寂しいかもしれません。ですがおそらく、新しい業務を経験することで、違った面白さを感じられるはずです。
 元の部門に必ず戻ることにするかどうかは、今、皆で議論しているところです。異動はさせやすいですが、新しい経験は、その人の新しい側面も伸ばすでしょう。いくつもの道があるべきかな、とも考えています。

加島 人は経験によって変わっていきますから、柔軟性がある運用はよいことだと思います。最近は「管理職になりたくない」という人も増えています。このように、長期目線で経営リーダー育成がされていることを、会社への求心力としてもうまく機能させられないか、と私としてはよく考えます。

田中 これはまだ私個人の考えなのですが、若手の候補者には、何らかの形で、自分にそういった期待がかけられていることを意識させる工夫ができないか、と私も思っています。社員の中には、この会社での自分のキャリアプランがよくわからない、という人もいますので。

これから候補となりうる
すべての個人へのアドバイス

加島 例えばそのような若手層に向けて、今、アドバイスをするとしたら、どのようなお話をされますか。

田中 ぜひ自分から手をあげて、色々な新しい経験をしていってほしいと伝えたいですね。
 最近、日本人のパスポートの取得比率は17%(※)だという話を聞いて驚きました。新型コロナウイルスも関係はしていると思いますが、このことに象徴されるように、全体的に今いる世界から出たくないという空気があるように感じます。1つのことを、深掘りはしていけると思いますが、それでは広がりを生み出せず、閉塞感をもった時には抜け出しにくいかもしれません。
 私がタイに赴任した際、似たような機械を使い、同じように製品をつくっていても、人と地域が違うだけで職場の様子が全く異なることに驚きました。そして日本に戻ったとき、以前であればとても大きな違いだと感じていただろうことも、大した違いではないと思えたりしました。異なる世界を体験することは、その後の自分のキャリアを築くために、必ずプラスになります。
 育成の仕組みを充実させる責任は会社にありますが、それでも人任せにしていては自分が望むチャンスが来ないかもしれません。ぜひ、自分からも手を挙げていってほしいと思います。

加島 今日のお話は、きっと読者の皆様のガイドラインになると思います。とてもオープンにお話しいただき、ありがとうございました。

※外務省の旅券統計(2023年)

Interviewer/株式会社セルム 代表取締役社長 加島 禎二  執行役員 戸田 幸宏  シニアマネージャー 上 雅俊
2025年1月取材
※所属・肩書・記事内容は取材当時のものです。

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