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業界構造が変化する中、
多様な事業の垣根を超えて経営リーダーを輩出し続ける
人事の挑戦

更新日:2025.05.19

株式会社デンソー
上席執行幹部(常務) エアコンディショニングシステム事業部長
前.総務・人事本部 副本部長、人財育成担当(‘21.1~24.12)
原 雄介氏

株式会社デンソー
人事部 タレントマネジメント室 担当次長
長澤 琢弥氏

全社視点をもった経営リーダーを育成するサクセッションプランは、事業や組織が多様であればあるほど、その実施が複雑になり、難易度も高くなる。株式会社デンソーは、そのような特徴をもつ代表格ともいえる企業だ。
加えて今、自動車産業の構造変化に対応するために、組織の根本的な変革を進める真っ只中にある。それでも同社は、組織を超えたサクセッションプランを機能させる企業として、常にベンチマークされる存在だ。
その取り組みを主導してきた上席執行幹部 原雄介氏と、タレントマネジメント室 担当次長 長澤琢弥氏にお話を伺った。

企業変革の方向性

棚岡 弊社は以前より経営人財育成のお手伝いをさせていただいていますが、特に2021年に新しい人と組織のビジョンを打ち出され、経営リーダーの育成・輩出についてもさらなるアクセルを踏まれたと認識しています。その変革の背景や経緯をお教えいただけますか。

長澤 デンソーは1949年に創業しておりますので、76年目にはいったところです。この間、大きな成長の踊り場を3回経験しています。1回目は1990年頃のバブル崩壊の影響。2回目は2010年前後のリーマンショックの影響です。ただ、この2つはどちらも経済の影響であり、自動車産業の構造を揺るがす変化ではなかったといえます。しかし今、私たちが直面しているのは、社会や人の価値観の変化であり、自動車産業の構造自体が変容しつつある、これまでとはパラダイムが異なる変化です。
 この課題認識を背景にして、2021年に人と組織の新しいビジョン&アクション「PROGRESS」を掲げました。サクセッションプランを含め、様々な取り組みを進めていますが、すべてはこのビジョン&アクションの実現を目指したものです。

 自動車業界では、2010年代後半からCASE(※)と呼ばれる自動車の概念や社会のあり方を変えるであろう変化が静かに進行しており、新型コロナウイルスの大流行は、サプライチェーンの分断という目に見える変化をもたらしました。またデンソーは、この時期に大きな品質問題を起こしてしまい、お客様や関係者の皆さまに多大なご迷惑をおかけしてしまいました。企業存続の危機であると捉え、2020年より「Reborn21」という、全社変革プロジェクトをスタートさせました。その過程で、「会社を生まれ変わらせるためには、やはり人と組織が変わることが必要だ」という課題認識に至り、私は「Reborn21」の完了を待たずに人事の責任者となりました。そこで打ち出したのが、この「PROGRESS」です。
 「PROGRESS」とは、一言でいえば「実現力のプロフェッショナル集団」を目指し、進化・挑戦し続ける、ということです。「実現力」という言葉には、創業以来強い想い入れをもっています。例えば、今や社会に欠かせない存在になったQRコードは、当社の製造現場で生まれたものです。あるいは今や標準装備が当たり前になったカーエアコンも、日本では当社が初めて開発に成功しました。これまでになかったものを生み出し、目の前の仕事だけでなく、社会もより良く変える。これを私たちは、私たちだからできる「実現力」と呼び、デンソーのコアをなすものだ、と捉えています。また、「集団」という言葉にも想い入れがあります。1人の天才が社会課題を解決するということもありますが、私たちはチーム(集団)で解決する力をもっていることが強みであると考えます。
 このことをタレントマネジメントの文脈でいえば、優秀な経営リーダーが1人いるだけでは「実現力」の向上には寄与しない。多彩な経営リーダー群と多彩なプロ集団がいて、それを掛け合わせることができる組織であり続けることが目標、といえます。これを基本となる考え方にしています。

※CASE:「Connected(コネクティッド)」「Autonomous/Auto-mated(自動化)」「Shared & Service(シェアリング)」「Electric(電動化)」というモビリティの変革を表す4つの領域の頭文字をつなげた造語。自動車業界全体の未来像を語る概念と考えられている。

変革に向け、人事は何を課題としたか

棚岡 「PROGRESS」を打ち出した当初、ものすごいスピードで変革を進めていました。当時の動きについても教えてください。

 最初の100日にどう動くかは大事です。正式に着任する前に人事改革の試案を作成し、それをメールと動画で人事のメンバーに送って、「これをたたき台の案にして100日で形にしよう」と呼び掛けました。

長澤 どんどん新しい課題や仮説を考え続けた当時は、今思い返しても濃密な時間でした。そして半年後に、経営リーダー育成の仕切り直しともいえる新しい方針を決め、動き出したのです。
 新しい方針のポイントとして、大きく2つ定めました。1つ目のポイントは、「グループ・センター・本部の垣根を超えた取り組みにすること」です。それまでは、各グループ・センター・本部から挙げられてきた人財を追認する形で登用する傾向が強かったことは否めませんでした。おそらく連続的な成長が続く状況であれば、その登用方法でうまくいくのかもしれません。しかし既に、そのような事業環境ではありません。人事としての反省も正直に表明しました。
 2つ目のポイントは、人事自身が「人財を深く理解すること」です。そのために必要な具体的な行動を4つ決めました。
①「期待人財本人と接点をもつ」。私が第1号ですが、タレントマネージャーと呼ぶ役割を新設して本人と直接会話する任にあたり、経験や志といった定性的な情報をつかみます。②「科学的アプローチの専門性を提供する」。定量的・客観的なデータを利活用し、本人を多面的に捉えます。そして全社経営への影響度が高いコアポストについて、③「再定義・アップデートを毎年行う」。その上で、④「One Teamで期待人財を把握・育成しコアポストに登用していく」。CHRO・経営役員・人事がOne Teamとなり推進します。

経営リーダー育成の全体像

長澤 具体的には、『 “らしさ”の深層把握』『“テーラーメイド”の育成』『“経営視点”の最適配置』という3つが経営リーダー育成の柱となる取り組みです。
 最初が、期待人財一人ひとりの『 “らしさ”の深層把握』です。例えば、当人とタレントマネージャーとの面談は、少しピリピリした雰囲気で始まることも多いので、まずは特性診断の結果を一緒に読み解き、その特性につながった原体験まで深掘りしたり、成長実感を強く得た経験エピソードを聴いていきます。そんな対話をしていくうちに、心の距離が縮まってくる感覚があります。そして最後に、心の奥にある志を聴いています。タレントマネージャーの見立てだけでは偏ってしまう可能性があるので、直属の上司や研修講師、接点のある役員からも情報を集めます。
 このようにして把握したその人財の現在地と将来期待のギャップ、成長課題に基づいて『“テーラーメイド”の育成』を行います。一人ひとりの期待と課題に合った機会、例えば選抜研修を提案するなど、タレントマネージャーも伴走します。学んだことを身につけるためには、何より実践が大事なので、特にタフミッションの検討に手間と時間をかけており、部門をまたいだ協力を仰ぎ、知恵を絞り、汗をかいています。
 『“経営視点”の最適配置』を実現させるためのオフィシャルな議論は、CHRO・経営役員・人事が集う「人財開発会議」で行っています。
 「人財開発会議」で実のある議論ができるように、期待人財一人ひとりに、「タレントプロファイル」と呼んでいる資料を作成しています。これまでは情報が散在していましたので、あえて1人につき1シートで情報をまとめました。その結果、多くの情報が詰まったビジーな資料になり、スタート当初は、「これだけの情報を消化できるだろうか」という反応もありました。しかし、一つひとつの情報の意図や読み方を丁寧に説明していき、運用を重ねるうちに、次第にこの資料から期待人財一人ひとりの“らしさ”が浮かびあがり、 “テーラーメイド”な議論ができるようになってきたと感じています。

 「継続支援者」という存在を置いた点も、工夫したポイントです。「継続支援者」とは、パトロンのような存在です。直接の育成責任者は所属部署の上司となりますが、人事異動は組織の垣根を超えて行われます。そうすると、途上であった本人の成長が迷走してしまうこともあるので、垣根を超えた支援ができる、このような存在を置いたのです。

加島 それでも想定通りに進まない場合は、どのように対応されるのですか。

 人財の評価をする際には、本人だけを考えるのではなく、まず「チーム編成はどうだったか」という議論をします。1人の人間がすべてをこなすことを目指すのではなく、特性や適性、“らしさ”の組み合わせの妙といったことを分厚く議論します。デンソーは「集団」で成果を出すことを強みとする企業ですから。

長澤 その上で、「この課題に対してはコーチングを行ったらどうか」などと話し合います。1対1の対話はいつでもOKと伝えていますので、彼らから声がかかることもありますし、こちらから声をかけたりして、伴走支援を行います。

変化が常態化する中で、
柔軟性をどのように担保するか

加島 変化が早く、しかも常態化している状況の中で、ポスト要件を明確にして育成することが、どこまで有効なのだろうか、という議論もあります。一方で、中長期的な取り組みがなければ、計画的・継続的な人財輩出は難しいことも確かです。
 このバランスをどう取るかは、人財開発の大きな課題ですが、デンソー様ではどのようにお考えでしょうか。

 先ほど話題に出ましたコアポストは、「戦略ポスト」「基幹ポスト」「経営ポスト」という分け方をしています。「基幹ポスト」というのは、わかりやすくいえば人事部長や経理部長などです。「経営ポスト」は中核拠点やグループ会社の社長などです。それぞれ毎年要件を見直していますが、特に「戦略ポスト」は、環境を鑑みて変化するポストとしています。役割を固定化せず、ポストの必要性自体についても毎年検討しています。
 
加島 もう1つ質問させてください。製品や技術のライフサイクルはどんどん短くなっていると思います。ですが、人は以前の成功体験を捨てられずに新しいやり方に適応しきれない、といった側面もあります。デンソー様は多様な製品や技術、事業領域をおもちですから、事業・製品・人財のマッチングの難易度は相当高いと想像しています。この点についてのお考えもお伺いできますか。

 デンソーでは、約500の専門性を定義して把握しています。大きくはメカトロニクスやエレクトロニクス、ソフトウェア等と分類していて、その専門性の必要比率は事業によって異なりますし、変化もします。その変化に対しては、人の異動より、まずは人が学ぶことを変えることでの対応に取り組みます。そうすると、1人の人の中に多様性をもつことにつながっていきます。
 例えば、半導体で省電力化するためのソフトを書こうと思った場合、半導体のエレクトロニクスに精通しているだけでなく、その使われ方もわかってソフトを書くほうが、速く、良いものができます。そのようにしてデンソーは、多方面にちょっとした重なりをもって動ける人の集団になります。これが企業としての競争力の源だと思っていますし、同時に、その人財の価値を高めることにもなると考えています。

加島 確かに個人の中に多様性があれば、変化に対して強い個人になり、そうした個人が集まる集団も強くなりますね。

関係者の納得を高めるために

 とはいえ、変化が速いので学ぶのも大変です。不安を感じることもあるでしょう。ですから、メンバーを鼓舞できるリーダーの存在が重要です。
 デンソーでは少し古風に“大義”と呼ぶことも多いのですが、企業としてのパーパスはどうしても抽象度が高くなるものです。ですからリーダーが、それを自部門、例えば営業や品質部門、ガソリンエンジンに関連する部門やEVに関わる部門、研究開発や製造の部門などにつなげて、自分の言葉で語れることが大事です。

棚岡 部長約200名全員と直接面談をされていました。各リーダーが自分の言葉で語ることを助ける働きかけの1つだったのですね。

 部門は、経営の最小単位といえます。部門ごとの戦略や目的といったことは、資料を読めばわかります。ですが、どんな人が運営していて、どのような困りごとがあり、どう日々のコミュニケーションが行われているかは、会ってみなければわかりません。それぞれもち味も違いますし、どのように説明するのが伝わりやすいか、といったことを把握することは大切だと思っています。
 「PROGRESS」を打ち出した際、人事内では「ゴールは職場にあり」ということを確認し合いました。新しい制度や仕組み、会議体をつくっても、それだけで直ちに何かが起こるわけではありません。現場の方に受け入れられ、実行されて初めて価値を生むものです。そのゴールから逆算すると、200名の部長と話すことは、必然なのです。
 ただ、それをしたからといって、「あなたの部署のAさんは優秀だから、さらに成長してもらうために異動させたい」といった話が、すんなり通るわけではありません。そこは“大義”だけではだめなのです。ですから、縦横無尽に人財の異動を考えて、より良い方法を探し出します。一つひとつの異動も、それぞれ意味のあるものでないといけないので、タレントマネージャーが大汗をかいています。これがなければ、組織の垣根を超えたサクセッションプランが機能するのは難しいと思います。

加島 俗にいう「玉突き」のような異動も実際にあるのではないかと思いますが、そんな時、個人の納得感をどう高めていけば良いのでしょうか。

 やるべきことは、「デンソーにいて、仕事を通じた自己実現や成長ができた」と感じてもらえるようにすること。これに尽きると思います。人の幸せは仕事だけが形づくるものではありませんが、会社が提供できるのは「仕事を通じて」得られる部分ですから。
 ただ、一人ひとりにWill・Can・Mustがあるように、組織にもWill・Can・Mustがあります。これをつなげるには双方に努力が必要なことも、個々人に伝えています。個人と組織のWill・Can・Mustがすべて一致するなどということは、あり得ません。そんな人がいたら、むしろ気味が悪いでしょう。ですからまずは、ちょっとした接続点を見出すこと。見出したら、それを大切にして育てること。そうやっていこうよ、と伝え続けています。
 変革、という言葉を使ってしまうと、皆、華々しいことが行われるイメージをもつかもしれませんが、こういった地味で泥臭いことが、取り組みの要なのです。

さらなる挑戦の方向性

長澤 これからさらに取り組むべき課題があります。デンソーが向き合っているのは、社会課題です。そしてそのスコープは、日本だけではなく、世界です。ですから、それぞれの地域のリーダー育成を加速していくことが、私たちの次のチャレンジです。必ず叶えなければと思っています。

 世界の各地域によって、ニーズも解決策も多様です。これまでは先進国のモデルをもっていくことが対応策になりましたが、今はもうソリューション自体が異なります。一人ひとりに寄り添い、多面的に人を捉えることと同じぐらい、仕事やポストの意味合い、事業や現地の状況に対する理解が必要となります。本部の人事メンバーだけでは、とても対応しきれないでしょう。いかに必要な人を巻き込んで、いい議論をできるようにするか。これが、次のチャレンジではないかと思います。
 また、人財の外部からの獲得もさらに加速させるべき、とも思っています。心情的には、「今いる人を育てたい」となりますが、人財マネジメントは、獲得・育成・配置がセットなものですし、これを一気通貫に行うことが大事です。

加島 人事の皆様が心底本気で取り組んでいらっしゃることが伝わってきました。またデンソー様らしさを突き詰めようとする凄みのようなものも感じました。本日はありがとうございました。

Interviewer/株式会社セルム 代表取締役社長 加島 禎二  ディレクター 棚岡 慎吾
2024年12月取材
※所属・肩書・記事内容は取材当時のものです。

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