株式会社セルム(CELM)
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大きな組織の中からイノベーションを生み出す

 

三井化学株式会社
常務執行役員 研究開発本部長 次世代事業開発室担当 工学博士 福田 伸氏

イノベーションの創出のためには、それに先立って行動やマインドセットの変化を起こさなければならない。

しかし企業や組織の規模が大きければ大きいほど、これまでのやり方であげてきた成果が大きければ大きいほど、変化を矯正する力が働いてしまう。

この課題にどのように立ち向かうのか。

三井化学株式会社で、次世代事業開発室と研究開発本部というイノベーション創出の最前線の部門を管轄する常務執行役員の福田伸様に、現在の取り組みとその想い、そして組織・人材開発の視点についてお話を伺った。

大企業ならではの強みと弱みを感じた、新規事業開発のスタート

加島 福田様は2012年から三井化学様という大きな組織の中で、新規事業開発の責任者をされていますが、これまでの活動はどのようなものだったのでしょうか。

福田 新規事業開発と研究開発は、似ているところもあるのですが、実は全く異なるマネジメントをしなければならないところに難しさを感じています。大部分を占める既存事業の研究開発は、売り上げが上がればそれが目に見える成果となりますからわかりやすいのですが、新規事業開発となると、目に見えない可能性を評価しなければなりません。その両方の価値を理解して、マネジメントできなければなりません。

実は私は、多くの三井化学の研究者とは少し変わった経歴をもっています。大学で4年間助手を務めた後に、技術の社会実装を志して企業に就職したのですが、配属先の事業撤退にあって三井化学に転職しました。三井化学でも、研究を立ち上げて社長賞を受賞した時もありましたが、結局事業としては撤退してしまったことが2回もあります。このような経歴があったからなのか、その後は新規事業開発を任されました。2018年からは研究開発本部と兼務しています。

新規事業を担当し始めた当時、新規事業は社会課題解決のビジョンを描いて1,000億円規模の売上目標を掲げるもの、という空気がありました。しかし、いきなり壮大なビジョンを描くとかえって足元の動きを制約してしまいますし、目標を大きく立てればいいというものではないでしょう。ですから私は、クビになっても仕方がないというくらいの気持ちで、「もっと地に足がついた開発をしたい」と宣言をさせてもらいました。

加島 それは何らかの成果を出す必要もあったかと思います。

福田 最初に取り組んだのは、「太陽光発電関連の新規事業開発」というテーマです。

三井化学は、黎明期から太陽光発電パネルに使われるEVAという樹脂を提供していました。その後、日本企業による太陽光発電パネルの生産は縮小してしまいましたが、当社の倉庫の中には、様々な環境下で長年使われたパネルの実物があり、劣化の程度と原因との関係を分析したデータ等を持っていました。EVAを販売するために付随的に行ってきたことだったのですが、それを活かした事業化を考えようとしたのです。

こういった長い時間が必要な経験や知識は、大企業ならではの、お金で買えない財産です。また、設備や技術ラインナップの豊富さは、イノベーション創出の大きな強みであるはずです。その一方で、組織が大きくなり業務が細分化していることで、自ら考えだしたことを実需化するという経験をした人材が社内にいないことや、縦割りの組織体制が、企業の総力を活かしにくいことが弱みです。

そこで、アクセラレーターと呼ばれる外部の方々を交えてディスカッションを始めました。まず、パネルの「メンテナンス事業」を考えましたが、これは地場の方がやっている仕事なのですね。これを奪うようなことはすべきではない。では「故障や不具合の原因分析を事業にできないか」とも考えました。しかし、これは既にレッドオーシャンでした。そのうち、太陽光発電の事業者や出資者が気にすることは何だろうか?という疑問から、太陽光発電所の性能評価が事業になるのではないか、というアイディアにたどり着きました。研究者が自ら営業電話をかけて顧客開拓をするところからはじめ、昨年、ようやく事業として軌道に乗ってきたところです。

その過程で、新規事業開発以外の部分にも課題があることに気がつきました。新規事業は、大きな売り上げをもつ既存の事業とは、当然仕事の構造が異なります。ですから、例えば経理などでも既存事業と同じ仕組みでやろうとすると、余計な工程やいろいろな無理が生じてしまいます。それに対応するフレキシビリティがないのです。このことも、大企業の中で新規事業やイノベーションが生まれにくい大きな理由なのではないかと思いました。

時間をかけて説明したり、我慢したり、時には怒ったり、いろいろなことをして浸透させてきました。今は以前よりは、新規事業の活動が進めやすくなってきたと思います。

今、三井化学は、事業のポートフォリオを変えていこうとしています。今年、社長が年頭挨拶で「社名から、化学という冠をとってもいいくらいのつもりで…」という発言をしました。これには私も驚きましたが、それほどの変革に取り組んでいます。変化の先端を行くべき開発部門が、変化に逡巡してはいけない、と改めて思っています。

顧客起点・素材起点を強化する「場」を数多くつくる

加島 現在の取り組みを、ご紹介いただけますか。

福田 20世紀は素材の時代だったといえます。つまり素材を創って性能を提示することで、大きな需要が生まれました。しかし、21世紀は同じやり方では通用しません。例えば、ペットボトルの耐熱温度を5度上げたとしても、消費者は特にメリットを感じないでしょう。

お客様のどんなペインを解決するのかという「顧客起点」。そして、この素材の魅力は何かという「素材起点」の両面から、研究開発に取り組んでいます。

【 デザイナーと協業し、素材の新しい活用法を創出する 】
例えば、樹脂はともかく軽く頑丈につくったほうが価値を高めるものだと思い込んでいましたが、外部のデザイナーと組んでディスカッションすることで、重くつくることで生み出せる価値もある、という視点に気づきました。

そこで、陶器のような重量感や質感のある、「NAGORI™」という新しい樹脂を開発しました。味気ないプラスチック製の食器に代えることができないかと考えたのです。重みを出すために入れた成分を「海水から生まれたミネラル」と表現したというのも新鮮な発想でした。

【 開発から市場に出すまでの業務を、一貫して担当する 】
「NAGORI™」樹脂の特長をわかりやすく伝えるために、ビアタンブラーをつくりました。ビアタンブラーは食器なので、販売するためには、人の口に触れるものとしての安全性を証明しなければなりません。しかし三井化学には食器の安全についての知見がなく、関連するいくつかの協会に問い合わせたところ、自分たちで安全性を証明するさまざまなデータを集めなければいけないことがわかりました。研究者たちは社内の品質管理担当に相談しながら、自分たちで安全性の確保を成し遂げました。また、ビアタンブラーの検品作業も研究者たちが行い、「いかに歩留まりが大事かが、よくわかりました」などととも話していました。

大きな組織の中にいる研究者はこのような経験をしていないのです。知識で知っていても自分で体験してみることで、やっと腹落ちしてわかるのです。

【 研究の初期段階から、上司と顧客起点についてディスカッション 】
新しい研究を進める段階を、我々はステージゲートと呼んでおり、ステージ1から5までの5段階があります。今までは、初期段階のステージ1・2については「まだアイディアなんだから、研究者が自由にやるということでいい」としていたのですが、これも違うだろうと思いました。研究者は自分の技術に惚れ込んで、後戻りできないところまで没頭してしまうこともめずらしくありません。

そこで、初期の段階から、「誰の、何を解決したいのか」と、研究者に顧客起点で考えることを求め、ディスカッションするようにしています。

ステージ1・2のネタは数多いですし、隅々まで聞いて意見をいうのは大変なのですが、それを丁寧に行っていくことが、上の人間の仕事だと思っています。

【 研究所を大部屋にする 】
コミュニケーションの大切さは以前から認識されていたことですが、「もっとコミュニケーションをしよう」といったところで、なかなか変わっていかないものです。

そこで、使っていなかった部屋をつなげて大部屋をつくり、私や研究所長たちは、この大部屋で仕事をすることにしました。

つくったのは80名くらい入る大部屋なので、まだまだ容量があります。最初は、誰でも自由にこの部屋で仕事をしていいよ、としていたのですが、それでは誰も来ようとしないのですね。ですから、このグループは大部屋で執務をするように、と指名するようにしました。定期的に入れ替えをするので、「参勤交代」などと呼ばれているようです。

そうすることで、改めて情報共有の場などを設けなくても、研究所長たちは自然と「こんなことをしているのだな」「こんな人もいるのか」ということが分かってくるのです。

【 変革を行う前に、「なんとなく」情報を流す 】
変革に賛否両論はつきものですし、突拍子もないと思われることもあると思います。ですから、あまり唐突に思われないように、しばらく前から「こんな風にしたらどうかな」「やっぱりこうだよな」…などと、周囲に「なんとなく」情報を伝えるようにしています。

先ほどお話しした大部屋も、やっぱり研究所長室は大部屋にした方がいいよなぁ、というつぶやきを何か月も続けていました。そうすると周囲もなんとなく、いつかそうなるのかな、という雰囲気ができてきます。で、一気に実施するのです。

人間は、そうした時間があることで覚悟ができるということもあると思います。

【 ベンチャーとのコラボレーションを推進する 】
我々化学メーカーが起こすべきイノベーションは、社会課題の中にあります。しかし、大きな組織の中は社会課題を感じにくいものでもあります。そこで、ベンチャー企業と提携し、共同開発や人材交流を推進しています。

技術やアイディアだけでなく、彼らの真剣さ、切実さは、我々が学ぶべきものです。イノベーションが生まれるために一番必要なものは、そういった起業家精神でしょう。

しかし、本当に起業家精神を身につけるには、ベンチャー社長になるしかないのかもしれません。そこで、協業先のベンチャー企業と一緒に、会社を2社設立し、研究者に社長として力をふるってもらう取り組みも始めています。

一歩踏み出してみないとわからない

吉村 社長を経験させるために会社をつくるというのは、究極の施策ですね。この研究者に任せてみようという人材の目利きは、どのようにされているのでしょうか。

福田 その質問はよくいただくのですが、それこそ我々が悩んでいる部分です。しかし、やはり新しいことに取り組むことにNoを言う人ではダメです。やってみようというマインドがあることは基本的な条件でしょう。

私は新しいことを始めるということは、専門の組織を作ったからできる、というものではないと思っています。こういった取り組みには正解がないのです。想いがある人が、自分が正しいと思うことを、率先して取り組むことしかないのです。

それが本当に正しいかどうかは、一歩踏み出してみないとわかりません。

大きな会社の中には、失敗を嫌がる人がたくさんいます。もちろん失敗自体は嬉しいものではありませんが、失敗すると自分の職がなくなってしまうと恐れているかのようです。大企業では新しい取り組みの失敗が即倒産につながることは、まずありません。むしろ、失敗や経験の数だけ、いろいろなことが学べます。失敗するならしがみつかずに早く失敗して、新しいことにチャレンジすることの方が大事です。

このことは、誰がリーダーとなっても同じでしょう。ですから、セルムさんにお手伝いいただいている「未来創生」などを含め、様々な「場」をつくることは、今の私の役割だと思っています。

 

目指すのは、研究者本来の姿

加島 最後に、今後取り組みたいことを教えていただけますか。

福田 研究所のグループリーダークラスのマインドが、もっと変わってほしいというのが、今一番の願いです。

例えば自分のグループのメンバーが新しい取り組みを発案しても、「今やっている仕事はどうするんだ。新しいことは新規事業の担当者に任せろ」といった反応をしてしまったら、メンバーは皆、それを心に刻んでしまいます。

また、研究者全員に対する願いですが、自分の技術を社会実装し、それが世の中の役に立つというのは研究者としての本来の夢であるはずです。是非、既存の枠組みの中に閉じこもらないで、研究者本来の姿の実現に邁進して欲しいですね。そこには、既存事業を支える仕事も、新規も関係ありません。そして、我々はそれを助けてアクセラレートしなければならないと思っています。

加島 R&D部門という担当範囲を大きく超えて、会社の形を変えるくらいの勢いを感じました。本日はありがとうございました。

Interviewer/株式会社セルム 代表取締役社長 加島 禎二 /執行役員 吉村 亮太
2019年4月取材
※所属・肩書・記事内容は取材当時のものです。

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