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人が主体的になれるかどうかは、人事のあり方次第

更新日:2022.05.09

カゴメ株式会社
常務執行役員 CHO 有沢 正人氏

「働き方改革」や「キャリア自律」というと、企業の変革のために必要なことだと最近になって認識された、比較的新しい取り組みだと感じる。しかし、その成否を左右する「人の主体性」という点については、これまでもずっと求めてきたことであり、取り組んできたことだ。 今、改めて注目を浴びるということは、これまでのやり方を改革しなければならないということでもあるだろう。
そこで、2012年からカゴメの人事変革を主導し、「人事は社内で一番進んでいなければならない存在だ」と語るカゴメ株式会社 常務執行役員 CHOの有沢正人氏に、これまでの取り組みとその意味、想いについてお話を伺った。

人が最も力を発揮する状態は「主権在民」

加島 有沢様がカゴメで人事変革を主導されて、約10年。本日は、そのお取り組みについて伺わせてください。

有沢 私は、経営者の理解に支えられてきたと思っています。協和銀行(現・りそな銀行)でも、HOYAでも、AIU損保(現・AIG保険)でもそうでした。カゴメでは最初から人事の変革を任せるといっていただいたこともあり、一貫して私が思う「あるべき姿」を目指して動いてくることができました。  

例えば、カゴメは2019年に副業解禁をしましたが、直近1年間の労働時間1,900時間未満という以外には制約条件はありません。何をやっても自由です。副業先と雇用契約を結ぶこともOKです。そうすると、「優秀な人材が流失してしまうのではないか」という声もあがります。しかしそれで人が辞めてしまうのであれば、それは会社の魅力がよく理解されていないと捉えるべきでしょう。リテンションよりアトラクト、会社が人を惹きつける魅力をもつことのほうに力を注ぎたいのです。
また、「副業は、本業とのシナジーが期待できるものがいい」といった一見よさそうな考え方も、違うと思います。「働き方改革」で残業を削減し、削減した時間は自己研鑽に使ってほしい、などというのも変です。空いた時間を何に使うかは本人の自由じゃないですか。
カゴメは今、「働き方改革」を「生き方改革」と言い換えて取り組んでいます。「働き方改革」というと、どうしても会社の意向を感じてしまいます。より本人視点の「暮らし方改革」を加えた「生き方改革」という方がふさわしいでしょう。  

私は、従業員が気持ちよく働ける状態というのは、本人が自分で選択し、決めることができる状態だと思っています。それをサポートする仕組みやシステム、制度をつくるのは会社の義務です。ですが、それらを活用するかどうかは本人の自由です。「キャリアアップの可能性を広げるし、せっかくあるんだから活用したらどうか」とはいいますが、強制はしません。「Itʼs all up to you(すべてあなた次第)」です。
私は、この考え方をブレさせないために、「主権在民」という言葉を使い、自分の行動の基準としています。

What とWhyを自分で明確化し、その達成度で評価するKPI評価を導入

有沢 今、イノベーティブな組織には心理的安全性が必要だといわれています。その心理的安全性という言葉が使われだしたのは、この4、5年です。でもそれは以前からだってずっと必要なことでした。パーパス経営やヒューマンキャピタルという言葉も盛んに使われていますが、ビジョン経営やミッション経営ではいけないのでしょうか。変なことをいっているようですが何をいいたいのかというと、言葉に踊らされてはいけないということです。新しい言葉を使ったり、新しいコンセプトに忠実になることより、何をやるのかという「What」、なぜやるのかという「Why」をはっきりさせることのほうが大切です。私が叶えたい「What」は、従業員本人が責任をもって自分で考え、決めて働く状態を実現することです。

例えば、カゴメはジョブ型人事制度ですが、いわゆるジョブディスクリプションはつくっていません。その代わり、WhatとWhy、そしていつまでに、どのくらいやるのかを期初に設定する「KPI評価シート」を導入しました。これがカゴメのいわばジョブディスクリプションです。そしてやると決めたことに対する達成度で、評価をします。さらに全社員が他の人の「KPI評価シート」もイントラネットでいつでもどこでも閲覧できるようにしています。
役員のKPI目標は社長と私と専務2人を含めた4名で、前期目標の結果と達成度、今期の目標設定の妥当性を一人ずつ面談して厳しく検討・検証しています。そんな検討・検証をしていることも社員は知っていますし、その結果も公開されます。その内容を見て部長クラスがKPI目標を作成し、それを見て課長も、メンバーもKPI目標を作成していくようにしています。KPI評価によってボーナスが決まりますが、昇進昇格は別の要素、例えばアセスメントや小論文、インタビューなどを総合的に考慮して決めていく仕組みです。  

今ではこうして、それぞれが設定したWhatやWhyの内容や、その達成度が公表されることは当然だと、皆が思ってます。私がやったことで、少しでも誇れる部分があるとすれば、この点です。

人事施策がどう運用されるかで、社内の空気が変わる

加島 素晴らしいことです。透明性があること、しかも組織の上のほうにより厳しく運用されているということが、従業員の皆さんの納得も生んでいるのでしょうね。

有沢 改革とはそういうものだと思います。企業には常に改革が必要です。役員クラスは、その役割を果たすためには毎年改革を進めていかなければならない。ですから、小さなことですが役員のKPI評価シートにはコピーガードをかけて、前年のものをコピーできないようにしていました。
すると最初の頃は案の定、「前年のシートからコピペができません」といった問い合わせをしてくる者が何人かいました。私は、「役員が昨年と同じ目標を設定しようとするのはおかしい。役員は新たな付加価値、新たなイノベーションをどれだけ欲したかで評価されるものです」と説明しました。「でも一から打たなきゃいけないのは手間です」「そういう話ではなくて、あなたがやろうとしているWhatは昨年と同じなのかということです!」。カゴメはフリーアドレスなので、そんなやり取りは周囲のいろいろな人が聞いています。あとになって別の者から「そうですよね」といわれたりしました。  

たぶん私個人への社内の支持というのは、それほど高くないなと思っています。いろいろなことをひっくり返したりするので。ですが人事に対する支持はかなり高いと感じています。改革の先頭に立って最もエッジの効いている部署だと思っていますから。
実は、降格・降職の仕組みを実際に運用しだしたのは私がカゴメに入ってからです。降格・降職があっても、力が発揮できるポジションにカムバックできるモデルもつくりました。賞罰することが目的ではなく、力を発揮できるポジションを考えるのが経営と人事の仕事です。これはリテンションというより、アトラクトのためのものです。  

可能性の幅を広げるために、部門をまたいだ異動もどんどんやりたい。一番始めに行ったのは、やはり役員の異動でした。工場長を歴任し、海外の工場の立ち上げにも関わった技術者の方に、役員就任と同時に大阪の営業支店長をお願いしました。この通達が流れた時には、社内から「えっ」「あっ」という声が聞こえました。「大阪に工場をつくるのですか?」といってきた者もいます。以前から複数のキャリアの道筋はつくっていましたし、専門職から昇格できる制度もつくっていました。ですが、工場に勤めている人のキャリアは基本的に工場だけになってしまいがちです。また営業職の人のキャリアは営業だけ、といった習慣がまだありました。しかしこの人事がシンボリックな出来事になって変わり始めたように感じています。
実際に、工場勤務の人から「営業希望」という自己申告がでてくることも珍しくなくなりました。自分のキャリアをファンクション内だけで考えるのではなく、やりたいことから逆算した理由を書いています。

加島 社内から「えっ」「あっ」といった声があがるというのが、また面白いです。

有沢 そう。年に1回くらいは「えっ」とか「あっ」とか、「ぎゃっ」かもしれないけれど、そういう声が出るようなことをやってきました。人事が行うことは、そういったサプライズがあるべきだと思います。例えば何か新しい事業を起こすとき、その成否を左右するのは人材が育っているかどうかです。新しい事業を始めてから人材を育てるのでは遅い。ですから、人材育成や人事というのは、現状より一歩も二歩も進んでいて、みんながちょっと驚くようなものであるのがベストなのです。「やっぱりね」とか「やっとこんな制度ができてうれしい」という声がでるのは、私の中ではアウトです。  

そのためにも、意思決定を早くすることが必要です。意思決定が遅れれば遅れるほど、繰越負債のようにデメリットが増えていきます。返済できない負債を償却するのは早い方がいい。しかし、エイヤッで意思決定しても失敗します。やるべきことをリストアップし、意思決定をためらわせていた障害を見極める必要があります。そして、What(何をしたいのか)とWhy(なぜそうしたいのか)をハッキリさせることで意思決定ができます。 

皆でWhatとWhyを考える

加島 人事が変革を先導することによって、有沢様のようにリーダーシップを発揮する人材が社内に増えるといった効果もあったのでしょうか。

有沢 リーダーシップを発揮する人とは、意思決定をする人のことだと私は捉えています。その意味では、増えてきています。人には皆やりたいことがあるので、皆にリーダーシップの素養はあります。ただそれを発揮する機会がないか、発揮する気がないかでリーダーシップがないと思われているだけです。  

意思決定する気がないという人については、なぜしたくないのかを一緒に考える必要があります。決められない理由があるのです。それは例えば忖度かもしれませんし、どこかから文句をいわれるだろうという恐れかもしれません。その人の問題ではなく、外的な要因の場合が多いです。その要因を取り除いてあげるのは、組織の上の人の役割です。  

例えば私がカゴメに来た当初、こんなことがありました。新卒採用の議論をしているのを聞いていると「カゴメらしい人を採ろう」と話しているのですね。「カゴメっぽい人ってどんな人?」と聞くと、「正直で、誠実で、嘘をつかなくて…」といいます。それも確かにカゴメらしい人ですが、他の企業でもそんな人は欲しがりますよね。そうであれば、相手はもっと有名な企業の方に行きたくなってしまうでしょう。それにカゴメの商品は、たくさんある選択肢の中から消費者の方に選ばれなければいけないものです。カゴメならではの差別化された価値をエンドユーザーである消費者に届けるには、人も他社とは差別化された高い付加価値を持っていることが重要です。そんな話をして、「従来考えていたカゴメらしい」人以外のタイプの人も半々くらいで採用していこうと決まりました。  

また当時の選考結果は、例えば営業職は男性5、女性1といった比率でした。明らかにこの人のほうがいいと思う女性が選考で落ちていたので、その理由を聞いたところ、「現場が男性の方を欲しがるから」ということでした。カゴメの価値に共感してくれたり体現できる人材と一緒に働きたい、という採用のWhatからはずれていますよね。  

そんな話をして変えていき、採用した女性を配属したところ、今度は現場の支店長が「うちに配属されたのは、女性でしたが」と不満のようにいってきたこともありました。理由を聞くと、「お客様には男性の方が受けがいいんです」といいます。誰がそういっているのかと聞くと、「普通そうじゃないかと思う」といいます。そこで「優秀な人材ですよ。一緒にやってみてください」ということをいい続けてきました。今では、「うちには女性を配属してください」という声も多いです。お客様の反応も変わってきたということですね。今年については、採用結果も男性と女性の比率が1対3と逆転しています。  

管理職も当時は400名近くいる部長・課長のうち女性は6名でした。しかも全員プロパーの方ではありません。活躍の場がないので、プロパーで採用した女性は活躍できなかったり、辞めてしまっていたということですね。これはおかしいと私もムキになりまして、女性の社外取締役を招聘し、今、ガンガン意見をいってもらっています。社内の意識も変わっていき、おそらく近年中にプロパー採用の女性の中から部長や役員が誕生し、2040年頃には役員の男女比率は半々になるだろうと予想しています。2040年というと、私はもうこの世にいないかもしれませんが、草葉の陰から拍手を送ろうと思っています。

ですが、男性が、女性が、という話題になりすぎるのも不毛です。実現したいWhatは、性別や属性に関係なく、やれる人が力を発揮できる状態をつくることです。  

実は、カゴメにもダイバーシティ推進室がありましたが3年で解散しました。社内にダイバーシティをビルトインさせるのがダイバーシティ推進室ですから、いつまでもあるのは変でしょう。もともと3年の時限つきで活動をしていたのです。現在も確かにダイバーシティ担当者はいます。当初は女性でしたが、今の担当者は男性です。女性なのか男性なのかは関係なく、できる人ができる仕事をやっていくのが大事だということを考えながらやってきました。

人事の仕事の概念を変える

加島 お話を伺っていると、人事というのはなんとシンプルで、なんと夢がある仕事なのかと改めて思います。

有沢 私もそう思います。ただ、人事というと難しい制度をつくることが仕事だと思っている人が、まだ多いとも感じます。人事は制度をつくってそれが承認されると、「やったー」と大仕事が終わったような気持ちになって、飲みにいきたくなったりしますよね。もちろん行ってもいいのですが、承認された段階で打ち上げというのはちょっと早い。プロダクト・ライアビリティ(製造物責任)があることを忘れてはいけません。極端なことをいえば、制度をつくるだけなら人事でなくてもできます。運用まで責任を持てるのは、人事だけです。 

運用をうまくいかせる要因は様々ありますが、一番簡単なのはフィードバックをきちんと得ることです。今ならWebシステムを使えばすぐできます。そして、「こうしたらいいのではないか」「なぜそうしたほうがいいと思ったのか」を聞くことです。これは、聞かれる本人のキャリア開発支援でもあります。この役割を担うのはHRBPです。ですからHRBPにはできるだけ、キャリアコンサルタントの資格をとることを推奨しています。

加島 HRBPというと部門トップの人事の右腕、ともすると部門利益代表の人事といった位置づけになりがちと思いますが、それとは印象が違いますね。

有沢 部門ごとに人事を行いたいのであればそれでいいと思いますが、私が目指しているのは部門横断的な人事です。部門の利益代表でいられては困ります。  

もちろん人事は現場の痛みをわかる存在でないといけません。ですから今の人事部員は部長を除いて全員が工場や研究所、営業といった現場から転属してきた人員です。部長だけは人事生え抜きなのですが、本人は他の部署にでるタイミングを逃してしまった、と苦笑していました。  

また、人事は企業財務の原理を理解している必要があります。私は人件費という言葉は使いません。人材にかけるパワーは投資だと思っているからです。人的資本の考えからいえば明らかに「費用」ではなく「投資」です。したがって「投資」に対するリターンを考えれば、社員の「市場価値」を上げることが重要です。つまり財務的な観点ではどうするか、といった考え方も必要です。
そして企業のバリューチェーンの先には、必ずお客様がいます。お客様に価値を届けるためにどうしたらよいのかということが、マーケティングです。マーケティングがベースにあって、その上にいろいろな機能があるのだと思っています。ですから人事パーソンにはマーケティングの知識も必ず必要だと思います。

加島 有沢様の役割についてはどのようにお考えでしょうか。

有沢 私の役割は、まず皆が自分で考えることを後押しし、自分で決めることへの心理的安全性を担保することです。例えば私は人事部内で新しい人事施策を考えるときに、「こうしてほしい」とはいいません。「どうしたい?」といって案をだしてもらいます。それに対して「どうしてこう考えたのか?」と聞きます。何か自主規制をかけている様子が見えたら、「法的な規制以外は、ないものだと考えてみるとどうなるか?」などの指摘をすることはあります。人材開発委員会という、社長や専務がメンバーの最高意思決定の場があるのですが、検討する施策や制度をプレゼンするのは、それを考えた人事の担当者です。社長たちも質問があればその担当者にします。成果は考えた本人のものです。このことを徹底させます。そして自分が率先してトランスフォームして見せることも重要だと思い、行動しているつもりです。  

また、トップが意思決定をためらう要因があれば、人事的な側面からそれを取り除くのが私の役割です。つまり私は社長の「エグゼクティブコンサルタント」でありたい、と常に考えています。もし、何か問題が起きたときには、それが人事とは関係のなさそうな現場の事業内のことであっても、私は責任をとるべき存在です。問題の原因に人が絡まないことはほぼありませんから。  

人事というのは経営戦略の中でも最も重要なストラテジーです。そう皆にも理解してもらいたい。「人事屋」といった言葉も、世の中からなくなってほしいと思っています。

加島 人事変革に挑むリーダーのリアリティを見せていただいたように感じます。ありがとうございました。

Interviewer/株式会社セルム 代表取締役社長 加島 禎二 
2022年1月取材
※所属・肩書・記事内容は取材当時のものです。

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