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伊藤忠が取り組む、組織・人材開発の次世代化とは

 

伊藤忠商事株式会社
人事・総務部 人材開発室長 清水 淳 氏

総合商社という業態は、世界の中では日本のみで発達した業態だという。

しかし、ビジネスがグローバル化し、日本経済全体がかつての勢いを減退させている中で、総合商社は業績を伸ばし続けている。

それは、なぜなのだろうか。

総論で語ってしまえば、「変わることができたから」「必要とされる存在でいつづけることができたから」だろう。

では具体的には、どのような動きをしているのだろうか。
商社は特に、「人材」がビジネスの成否に直結することが多い。組織・人材開発が、そのカギを握るはずだ。

伊藤忠商事株式会社で組織・人材開発を推進する人材開発室長の清水淳氏に、お話を伺った。

人事も近江商人だ

加島 伊藤忠様では近年、「朝型勤務制度」や「がんとの両立支援施策」など、「働き方改革」の取り組みでも注目を集めていらっしゃいますが、この背景にはどのような狙いや想いがあるのでしょうか。

清水 メディアで取り上げていただくなど注目をいただいていますが、この取り組みについては、弊社の施策が「働き方改革」という世の中の風潮やそれを感じているであろう社員の心に響いた、という部分が大きいと思っています。例えば、「がんとの両立支援施策」のきっかけとなったのは、がんに罹患した弊社の社員が、「自分は、いかに伊藤忠の社員として誇りをもって働くことができたか」という、経営トップに対する一通の感謝のメールがきっかけです。

伊藤忠は、厳しくとも働きがいがある会社を標榜しています。そのことに誇りをもっています。単純に、働きやすい会社を目指しているわけではありません。ですが、ベースとなるのは、トータルな意味で、社員に「この組織で働くことができてよかった」と思ってもらうことです。そんな想いの実現に、トップがコミットしているということが大きいです。

私たち人事・総務部は、そういった想いを実現するための施策を進めていくことが使命の1つであると考えます。

「朝型勤務制度」では、深夜残業を禁止、20時以降の残業を原則禁止にすると共に、早朝勤務をした場合は深夜残業と同等の賃金割増しをします。また、8時より前に出勤した社員には、軽食を無料で提供しています。社員の自己啓発を目的にした月1回開催のセミナーも、朝7時30分から開始です。毎回、次世代社会への思索を深めるようなテーマ選定や講師の人選に知恵を絞っており、先月のセミナーでは約430名が出席しました。私が新入社員の頃は、フレックスタイムで10時出社することも普通でしたから、随分変わったものだと思います。

これは、「朝型勤務にしよう」という掛け声をかけたり、ルールをつくるだけではなく、そうすることへの社員のモチベーションをつくらないと動きはかわらないだろうと工夫を重ねた結果です。

管理部門にいると、ややもすると上から目線で、指示によってコントロールしようとしてしまう傾向がありますが、それではダメなのです。人事も事業カンパニーと同じように「商人」の考え方で動くべく、日々奮闘しています。

 

「三方良し」は、伊藤忠の金看板

吉村 伊藤忠様とお話をしていると「商人」や「近江商人」という言葉をよくお聞きします。新入社員研修で創業の地である近江で研修をされていますし、部長研修でも創業の地を訪問されます。ここにとてもこだわりを感じます。

清水 おっしゃる通り、強いこだわりを持っています。

伊藤忠商事は、社名でもわかるように伊藤忠兵衛が江戸末期に近江の地で創業した企業です。近江商人の哲学として有名な「三方良し(売り手良し、買い手良し、世間良し)」は、後世に作られたものですが、先達の近江商人をリスペクトして忠兵衛の残した言葉がルーツになったと聞いています。売り手と買い手が喜ぶのはもちろん、それが世間にも貢献できる商売を伊藤忠兵衛は目指していましたし、我々も目指しています。

三井や住友、三菱などの商社は、財閥グループの一角であることが金看板になると思うのですが、我々はこの、「三方良し」が金看板です。これを継承することが我々のプライドだと思っています。

新人や部長だけでなく、役員やグループ会社の経営者も、近江で研修を行っています。グループの経営者からも、グループとしてのアイデンティティを感じたという声をいただいています。

伊藤忠の「次世代」は、やはり「強い個人」がつくる

加島 伊藤忠様では今、「ビジネスの次世代化」を、大きく目標に掲げていらっしゃいます。そのビジネスの方針と組織・人材開発方針についてもお伺いできますか。

清水 今申し上げましたように、伊藤忠商事には約160年の歴史があり、その中で育んできた関係性、つまりリアルビジネスの現場をもっていることが強みです。また、消費者接点が多い事業領域があることは弊社の特徴といえます。デジタル化/データ活用の分野でも1990年代前半から米国シリコンバレーに拠点を持ち、ベンチャー投資のノウハウを蓄積してきました。この強みと特徴を活かして、よりマーケットインの発想で、既存のビジネスを次世代のビジネスモデルに進化させること、これを「ビジネスの次世代化」と表現しています。

「次世代化」といっても、やみくもに新しい技術の活用やサービスの開発に飛びつくことは考えていません。もちろん様々な業態や事業がありますからそれも否定はしませんが、基本は技術が変える世の中の構造変化を捉え、その変化に対応し得るビジネスモデルに進化させることを目指しています。例えば、5G等の技術が普及すれば、これに対応してルートが変わるビジネスが出てきます。それがどう変わっていくのか。その変化を捉えて、我々の既存ビジネスのモデルを変えていくようなイメージです。

加島 イントレプレナーのようなイメージですね。それを担う人材像は、どのようにお考えでしょうか。

清水 必要な人材像に関しては、我々がこれまでもっていた価値観とあまり変わりがないと思います。

それぞれの「業界のプロ」であり、そしてそれぞれのビジネスを「グローバルレベルでマネジメント」できる「強い人材」であることです。そして「ビジネスの次世代化」を担うことができる人材です。

「業界のプロ」として、マーケットインの発想と専門性を併せ持ち業務にあたってもらうことが必要ですが、それだけでは不十分で、ネットワークをもっているとか、助け合える関係があるといったことが大切です。その根本には、強い人間力が必要なのだと考えています。そのような観点も踏まえ、もう少し、我々が「商人」であることを、人物像の表現の中にいれてもいいのではないかなと思っています。

これは一橋大学の楠木先生が当社の役員との対談の中でいわれた言葉なのですが、伊藤忠のビジネスの次世代化は、「ごはん」と「ふりかけ」のような関係に見えるそうです。当社が積み上げてきたリアルビジネスを「ごはん」とすると、次世代技術が「ふりかけ」。「ごはん」に「ふりかけ」をかけて、味を変えたり、よりおいしくする、すなわち、既存のビジネスを新たな形で成長させるというイメージなのだそうです。これは人材やマネジメントについてもいえることで、強い人間力をもち、業界のプロとして育ててきた人材が、次世代のスキルや新たなビジネスの発想を取り入れることで、さらなる飛躍につながっていくのではないかと考えています。

加島 面白い例えですね。「ふりかけ」は色々な味で構わなくて、「私がやるからこういう味になる」というイメージが湧きました。

清水 我々のコーポレートメッセージは「ひとりの商人、無数の使命」というのですが、これも同じことを表現しています。商社はどこもそうだといわれるかもしれませんが、私はとても伊藤忠らしいメッセージだと思っています。

ビジネスは集団で進めるものですが、まず現場の一人ひとりが強くなければいけません。事業はそんな人材を必要としていますし、社員一人ひとりも、個人としての強さを求めたい、発揮したいと思っています。

だから人事施策も、一人ひとりの強さを尊重し、発揮してもらうために、管理目線ではなく、社員目線になっていないと見向きもされなくなります。そんな緊張関係があります。

吉村 それをお聞きすると、お手伝いする私たちも緊張いたします。

「第8カンパニー」というチャレンジ

清水 既存ビジネスの強みを次世代化していく、と説明させていただきましたが、実はそれだけの取り組みではいけないと思っています。伊藤忠は、例えば繊維カンパニーや機械カンパニー、食品カンパニーと、商材ラインごとに7つの事業カンパニーがあります。それぞれの業界のプロになり、その強みを活かしていこうとなると、どうしても縦割り志向になりがちです。

当社において、ビジネスの次世代化のために必要な発想はプロダクトアウトではなく、マーケットインであると経営トップから口酸っぱくいわれています。消費者目線で考えると、商材ラインの区別を超えた発想が必要になることもあるでしょう。それぞれの事業カンパニーにも、当然マーケットインの発想を求めていくのですが、商材ラインをもっていないほうが、よりマーケットインの発想ができるかもしれません。

そこで、決まった商材をもたず、マーケットインの発想で、最先端の新しい取り組みを行うことをミッションにした新組織を、2019年7月に立ち上げました。8つめの事業カンパニーなので、「第8カンパニー」と名付けています。

40名程の小さなカンパニーで、新しいミッションを任せたい人材を指名して構成しました。若手に関しては、一部公募もしています。

組織体系も他の7カンパニーとは変えています。7つのカンパニーでは、プレジデントとよばれるカンパニーの長の下に部門長がいて、その下に部長、課長がいるというピラミッド構造なのですが、第8カンパニーではこの形を廃しました。なんとなく全体の責任者として、GM(ゼネラルマネジャー)という名称の人はいます。PM(プロジェクトマネジャー)という立場もあるのですが、動き方としてはアメーバ型の、それぞれ絡み合うように柔軟に物事を進める組織体制としています。

目標管理に関しても、既存ビジネスをもたない第8カンパニーには、他の7カンパニーと同じような目標達成指標は設定できません。将来に向けての定性的な貢献度を評価するといった、新しい評価指標を模索中です。

アメーバ型の組織体制をとっているので、他カンパニーのような180度評価ではなく360度評価ができないか、社員間で「いいね」を送り合うようなことができないか、など。どう定まるかはまだ見えていませんが、人事も、より新しい発想と具体策を持とうとしています。

組織・人材開発の次世代化

清水 組織・人材開発の部分でも、いろいろ変えていくつもりです。例えば、
〇新任組織長研修
今、新任の課長には全員、短期でビジネススクールを受講してもらっているのですが、より若いうちに海外のビジネススクールに行かせられないか。また、個人ごとに補強すべきポイントを強化する場にしていけないか。
〇若手語学研修
既に入社後4年目までに、全員を海外へ語学研修に派遣していますが、単なる語学研修ではなく、海外でビジネスを行うための実践力を鍛えるようなプログラムを取り入れられないか。
これらは、これから具体的に検討していきます。
〇下積み期間の短縮
なかなかバランスが難しいことなのですが、下積みを通してきちんと土台をつくることは重要です。一方で、若い勢いをもって、新しい発想でビジネスに挑戦してもらうようなことも促進したいと思います。そこで、下積み期間を短縮させよう、という方針を社内で共有しています。
〇キャリアミーティング
方針を出しただけで状況が変わっていくわけではありませんので、具体的な施策もスタートしました。それがキャリアミーティングです。

伊藤忠では商材ごとの事業カンパニーの下にもう少し細分化した部門があり、基本的にその部門内で人材のローテーションをして、業界のプロとして成長していきます。ですからローテーションの単位である部門の長が、人材開発のキーマンです。彼(彼女)から、2年目、4年目、6年目といった節目の社員に対して、これからどういった方針で若手を育てていくかということをきちんと話してもらうのです。

商社は、やはり人材が一番の財産なので、部門長クラスは、人材をいかに伸ばすか、活かすかということは日頃から一生懸命考えています。それは、側にいる私たち人事には見えているのですが、若手にはよく見えていません。その部分を見える化するための取り組みです。部門長だけでなく、カンパニー人事と、我々本社人事も同席します。今、スタートしたばかりで生みの苦しみの最中です。

吉村 きっといろいろな声が出てくるでしょうね。そうすると、それをまた施策につなげていかないといけないでしょうね。

清水 そうですね。頑張らないといけないですね。本社人事はこれまで、共通の施策以外の部分は、現場にお任せだったともいえます。それではいけない、もっと現場にコミットしていく方法はないか、という議論から、企画したという側面もあります。また、
〇人事制度の見直し
昨年、人事制度を一部見直し、主任級のグレードに昇格する際の要件を、厳しくしました。具体的には、これまでは基本的に標準評価で年次を重ねれば主任級に昇格していたのですが、通常以上の評価をとらないと格上げされないようにしたのです。これは、間口を狭めようという意図ではなく、このタイミングで一段ジャンプアップしてほしい、という意図を込めています。

主体者になりたいという気持ちこそ、成長意欲

吉村 伊藤忠様の社員の方々とお話ししていると、皆さまとても成長意欲が高いと感じます。どの企業であっても、成長したいという希望を抱いて入社しているはずですが、伊藤忠様では特に成長意欲を保っているのは、何が理由だとお考えですか。

清水 我々の諸先輩が築いてきた企業文化の賜物だと思いますが、人事施策の面では、研修などの育成機会の提供や、Pay for performance.信賞必罰だが、成果を上げた際には大きく報いるということが大きいと思います。

若手の話を聞いてみると、「この仕事は自分が主体となり取り組んだ、といえる仕事をしてみたい」と思っている若手は多いと感じます。「そのためには、成長をしないと」と話すだけでも、彼(彼女)らは、努力することに前向きになります。

自分が責任をもって取り組みたい、伊藤忠の場合は特にビジネスの主体者になりたい、という気持ちが成長意欲です。そんな気持ちをもっている人をいかに後押しするかを、これからも考えていきたいです。

加島 伊藤忠様のよく使われる「商人」という言葉は、ビジネスの主体者であることと同じ意味で使われているように感じました。

吉村 本日はありがとうございました。

Interviewer/株式会社セルム 代表取締役社長 加島 禎二 /執行役員 吉村 亮太
2019年9月取材
※所属・肩書・記事内容は取材当時のものです。

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