株式会社セルム(CELM)

人材を「価値の創造者」と捉えると、何を変えるべきか

人材をマネジメントするという発想を変えるとき

加島 「企業は人なり」という言葉があるように、ほとんどの企業がこれまでも人を重視した経営を行ってきたという感覚をもっているのではないでしょうか。
ですから「人材(人的資源)ではなく人的資本」と聞いて、現代風の言葉が登場した、という受け止め方になることも少なからずあると思います。そして「人的資本に関する情報開示」という新たな課題、いわば「外圧」に対応しようとしていることもあるのではないでしょうか。しかしそれでは取り組むべき本質を見失ってしまいます。
既存事業が基本的には少しずつ伸びていくことが前提であれば、皆で力を合わせてやっていこうという家族主義的な人材マネジメントがフィットします。ところが現在は、新しい価値や市場をつくり出す、あるいは既存事業をピボットさせるといったことに、経営の力点を変えざるを得ない状況になっています。それに伴い、これまでの人材マネジメントの考え方そのものを変えなければならないのではないでしょうか。
琴坂先生のご専門は、スタートアップ企業の経営や急成長するチームの生成プロセスの研究でいらっしゃいます。まさに一人ひとりの人材が新しい価値創造を行っている組織の研究をされているわけですが、この課題をどのように捉えていらっしゃいますか。

琴坂 これまでの人材マネジメントには、基本的に社長や経営陣、あるいは経験値の高い年長者が組織や仕組みをデザインし、若手や立場が下の方々を管理、監督していくという考え方が根底にありました。経営陣が主でメンバーが従。経営側が動かす。メンバーは経営側の意図の中で動いてもらうというものです。
しかし、今、イノベーションに成功している企業を見ると、経営陣とメンバーの関係性は、パートナーシップ。対等の関係に変容しつつあると感じます。採用プロセスにおいても、企業側が採用要件を固めて、あてはまる人材を採用するといった発想ではなく、組織のビジョンやパーパスに共鳴していただけそうな人材との対話を通じて、一緒にその人材が参画した場合の組織の形や、その人材の活躍の形を練り上げているように思います。例えば、参画いただける経営陣の候補の方がインドを拠点とされていたので、その方に担当していただく事業部や機能の中核拠点をインドに移すように、事業側の形を変えた例もあります。
人材を重視する名言の中に、武田信玄の「人は城、人は石垣」と、人を中心に据えることを意図した言葉があります。この考え方をさらに深め、これからは城や石垣を形づくる人材によって、その城や石垣の形を変えていくことが求められるのだと思います。

人を「価値の創造者」と捉えることを具体的にする

加島 「人的資本」という言葉は、人を管理すべき資源ではなく、価値を創造する資本と捉えることを意味しています。これは、そうすることによって生み出されるイノベーションが企業に必要だという状況が背景にあります。「もっと人を尊重しなければ」といったイメージの話ではないはずです。イメージの話ではないということは、経営側が事業をどのようにイノベーションしていきたいのか、どんな新しい価値を生み出したいのか、そのためにどんな人材と一緒に働きたいのかを説明できるということではないでしょうか。それができなければ、必要な人材に出会っても気づくことができないはずですし、既存のメンバーにどうしていってほしいという話も具体的にはできないでしょう。
今、開示を求められている人的資本情報とは、そんな未来を拓く人材マネジメント変革のストーリーの内容と一致しています。
ある企業の新規事業提案制度の責任者は、「わが社の社員という“仮の姿をした人”たち」といういい方をしていました。つまり、自社の社員である前に、もともと社会の資本である人材がたまたま自社に参画してくれていて、その力を思う存分に発揮できる環境をつくるのが企業の役割、という考えで運営しているということなのです。同社の制度は産業界でも非常に有名で、多くの新規事業がそこから生まれています。創造を生み出す集団づくりに本気に向き合うと、そんな発想になるのだと感じました。
こう考えると、新卒人材を大量に採用して、その人材を各部署に送り込んでいくという日本の大企業の伝統的な採用の形も、見直していくべきだと思います。新卒や中途、あるいは文系や理系の人材と働きたいのではなく、価値創造を一緒に担うタレントと働きたいのですから。

琴坂 みんなこうやっている、ずっとこうやってきたといった、といわば思考停止でプロセスを継続することからは、未来の事業価値創造は生まれません。例えば、私が教員をしている大学には、休学して会社を立ち上げ、数十人の従業員規模にまで成長したその会社を売却して、大学に復学してきた学生がいます。その学生が卒業するとき、彼は果たして新卒という枠組みで捉えていい人材なのでしょうか。また、マーケティング会社を立ち上げて経営中の学生もいます。彼女には、「その会社を経営しながらでいいので、うちの会社に入社してほしい」という声がかかっているそうです。既に彼女を新卒という枠で捉えていない企業もあるということですね。こうした新卒人材はもはや特別な存在ではなく、もっと増えていくと感じています。

加島 これまで、人材を活躍させるために人事が打ち出すアクションとして一番大きなものは人事制度でした。しかし制度に自分をあわせに行く人材に、新たな価値創造ができるとは思えません。制度で人を動かすという発想から、社員一人ひとりの心が動かされる体験を日々の仕事の中にどのようにつくっていくか、という発想に変わることが何より重要だと思います。自分が携わる事業がお客様や社会に提供している本質的な価値を考え、自分なりの理想をもち、夢中になって取り組むと、「あれもしたい、これもしたい」と日々たくさんの発見があります。その発見を職場の仲間と一つひとつ実行していく。そこに心が動かされる体験が生まれるのです。

個人が価値創造に目覚めるためのバッファーをもつ

加島 そのためには、個人の側も自らが価値を生み出す存在になるために、能動的に動いていかなければいけないと思います。「指示されて動くのが従業員なのだから…」といって、このことから目を背けている個人もいます。昇進と異動は、経営側の思惑が強く働くという状況があるので、そう考えてしまうこともあるのだと思います。また、何かをしなければと思っても、何をしたらいいのかわからないでいる場合もあります。そんな状況を乗り越えて、個人を価値創造に目覚めさせるにはどうしたらいいのかは、大きな課題です。

琴坂 既に何かしないといけないと気づいている方々であれば、対話をして、やりたいことの実現の場がつくれるかどうかが勝負です。ただ、まだ自分の方向性や志向が見えていない方、ここには試行錯誤が必要でしょう。そのためには、人的余裕や時間的ゆとり、バッファーが必要です。バッファーがないと、失敗してもやってみようという気持ちが芽生えなくなるからです。立ち止まる機会、余裕、失敗を顧みるところから、次の芽が生まれるのだと思います。

加島 新しいものが生まれるかどうかは、ある種の偶然。積み重ねていけば到達するという類のものではありませんから、その意味でもバッファーは大切です。それなのに、例えば「新規事業の売上目標は〇億円以上」などと最初から厳しい枠を課している現状もありますね。

琴坂 バッファーのある環境は、やはり経営者が用意しなければいけないでしょう。
いわゆるDX、デジタルトランスフォーメーションと言われる業務変革は、多くの企業にとって依然として遠い存在のように感じられるかもしれません。しかし、各業界の先進事例を眺めれば、現在の業務量を数割削減し、明確な投資余力を生み出す成果につなげている企業が続々と生まれています。果敢な業務変革によってバッファーを能動的に生み出し、そのバッファーを勇気をもって再投資すること。遊ばせることに使うことが大切です。その再投資がD&Iの本格的な実践につながるかもしれませんし、事業の直接的な成長や革新につながるかもしれません。まずはバッファーを強引にでも生み出して、それが価値を生む方向に向かっていくような経験をデザインすることは、きわめてポジティブなアクションといえるでしょう。
少し以前までは、遊ばせる勇気をもっていると短期的な収益も重視する投資家から叱られたと聞きます。しかし、今はESG投資の考え方が普及し、中長期的な視点をもたなければ投資家から叱られる時代に変わってきているとも思います。

顧客接点の現場こそ人が目覚める可能性が高い

加島 私は顧客接点の最前線である営業部門こそ、個人が価値創造に目覚め、動機づけられる条件が揃っているのではないかと感じています。お客様に直接関わる方々は、上司の評価以上に、お客様からの感謝や承認の言葉に大きな影響をうけます。実際、「お客様から育てられました」という感謝を口にする営業担当者はたくさんいます。そのお客様のニーズが今、大きく変わっています。お客様が自覚している課題に対処できればいいという状況ではなく、探索行動が必要になっています。
この探索の面白みに気づく機会をいかにつくれるかということが、企業にとっても本人のキャリアにとっても勝負の分かれ目だと考えています。

琴坂 探索行動というのは人間にしかできない行動です。教師データがなく、目標も、ソリューションも、何を評価するかもこれから決めなければいけません。そんな圧倒的な自由度の中で一定の意味を見出せる回路をもっているのは、今のところ人間だけです。
逆にいえば、正解のパターンが用意されていたり、あるべき説明のプロセスを実践すればいいといった営業行動は、必要なくなっていくものでしょう。人間がしなくてもよいのです。アルゴリズムやロボティクスがより効率的に行える領域です。
遊ぶことができるのは他の動物に比較した人類の一つの特性といわれています。探索行動に必要な遊び、リターンを必ずしも目的としない創造的な活動を生み出すためにも、バッファーは必要だといえます。

社内の人材マネジメントを社外の人材市場にもっと近づける

加島 その一方で、社内の人材マネジメントのあり方を社外の人材市場にもっと近づけるべきとも感じます。社外の人材市場では、市場原理に基づいて需要と供給のバランスに動きがあったり、競争もあります。それに対して社内の人材マネジメントでは、前例踏襲の人事配置やこれからの取り組みについては知識もスキルももっていない人が上の立場にいて判断や指示をするなど、別の力学で動いているところもあります。
このままでは、経営や事業を変える行動は生まれてこないはずです。それを期待できる人材を採用しても、力を発揮できないまま埋もれてしまうでしょう。この点も変えていかなければいけないと考えています。

琴坂 これからは、一人ひとりが自分で自分を評価して、自分が行きたい方向性を能動的に選んでいく必要があるともいわれており、これは確かなことです。それが経営や事業を変える力になり得るのですが、そうはいっても既にでき上がった組織の中でその方法を個人に任せていては、ほとんどの個人は動けませんし、組織も前に進まないでしょう。

加島 私は最近、自分のスキルの見える化にトライしてみました。特定の状況や環境の中で発揮された経験として捉えるのではなく、世界中の企業が採用の募集要項で使用している汎用的なスキルの言葉で捉え直してみたのです。そして私の役割と責任とに照らして、どのスキルがより重要であるか、もっと開発が必要なスキルは何かといったことを専門家に指南を受けました。これは私が人的資本としてどのようにすれば価値を高めていけるかという一つの指針になりました。
一人ひとりの人材が、市場価値ベースで自分の力量を定義できないと、自分をもっと成長させなければという気持ちが生まれにくいと思います。

琴坂 これまでのように、一つの組織の評価軸に無作為に自分の成長をゆだねることは、組織にとっても個人にとっても最適解とはならないでしょう。市場価値ベースで自分のスキルを可視化したり、更なる開発方法を知ることは、その状況を変えるために、とても有効な方法だと思います。個人が組織と対等な関係を築き上げるためには、個人の側には特に能動的なアクションが求められます。

人材を輩出する企業こそ最も企業価値が高いという新しい常識ができる

加島 人的資本経営の行き着く先は、自己開発をし続ける個人と、より良い社会をつくる自社独自のパーパスの実現のために人的資本に投資し続ける企業が、お互いを高め合うパートナーシップで強くつながることで、共に発展していく社会の到来だと思います。
そう考えると、社会・産業界に優れた人材を輩出し続ける企業こそ、最も企業価値が高いという新しい常識ができていくのではないでしょうか。決して、「人材流動化の促進」という軽い言葉で捉えるべきではないと思います。

琴坂 同じパーパスに共感して一緒に働いた体験をもった仲間が世の中のあちこちに存在する状態ですね。潜在的に協業してくれる方々が社会に数多く存在する状態という捉え方もできるかもしれません。そうした仲間がどれだけ増えていくかは、その組織の事業成長のみならず、中長期的なパーパスの実現に極めて重要なことだと思います。

慶應義塾大学 総合政策学部 准教授
琴坂 将広 氏
慶應義塾大学環境情報学部卒業。在学中に3社の起業に関わった後、マッキンゼー・アンド・カンパニーの東京、及びフランクフルトに在籍。北欧、西欧、中東、アジアの9ヶ国において、多国籍企業の戦略作成に関わる。2008年に オックスフォード大学に移籍し助手を務めながら博士号を取得。立命館大学経営学部准教授を経て、2016年より現職。大学教員の他に、上場企業を含む複数のスタートアップ企業にて社外取締役を兼務。著書に『経営戦略原論』(東洋経済新報社.2018)、『領域を超える経営学』(ダイヤモンド社.2014)、共著に『STARTUP』(NewsPicksパブリッシング.2020)などがある。
株式会社セルム 代表取締役社長
加島禎二

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