株式会社セルム(CELM)

日本企業の再生に必要な改革と、人の主体性の関係とは

今の変革を必ず成功させ、失われた30年を脱したい

加島 今、組織・人材マネジメントの領域で最もクリティカルな課題は、「ジョブ型雇用にどう取り組むか」ということではないかと思います。ジョブ型雇用は、DXや少子高齢化、企業と個人の関係の変化など、様々な側面からその必要性が説明されています。
ただ、それぞれの説明は正しいと理解してはいるものの、心のどこかで信じきれていない部分がある方も多いようにも感じます。そのため、ジョブ型雇用への変革の過程で発生する課題を目にして迷いが生じたり、発生する問題への対応をしているうちに、本来の目的から外れてしまったりすることもあるかもしれません。今、間違えてしまうと、失われた30年を脱するどころか、さらに誤った方向に行きかねないという恐ろしさを感じます。
しかし私自身も含め、これまで組織・人材マネジメント領域に心を砕いてきた方々の中にも、何かバイアスがあるかもしれません。
そこで今回は、人事経済学という学問分野から日本企業の組織・人材マネジメントを研究されている早稲田大学教授の大湾秀雄先生と論考を進めていきたいと思います。

ジョブ型雇用=職の標準化のみ、と捉えてはいけない

加島 大湾先生、昨今の企業と個人の関係の変化や今起こっている様々な動き、そしてジョブ型雇用についての分析をお伺いできますか。

大湾 今、日本企業が目指すべき変革の形は、ジョブ型雇用であるといえます。しかし、ジョブ型雇用の定義はあいまいで、人それぞれ捉え方に違いがあります。「ジョブ型・メンバーシップ型」という言葉をはじめて使われた労働政策研究所所長の濱口桂一郎氏の提唱した概念ともかなり違ってしまっています。本来ならばジョブ型雇用という言葉を使うべきではない状況なのですが、使った方が理解されやすい、力を発揮する焦点となりやすい言葉ですので、この言葉を使って説明しています。  

私は、ジョブ型雇用には「職の標準化」「人事の分権化」「自律的なキャリア形成」という3つの柱があると考えています。
「職の標準化」とは簡単にいえば、職務記述書をつくり、賃金体系をその職務に紐づけるというものです。これによって、賃金カーブを実際の生産性に比例するようにしていくことができます。
しかしそれがジョブ型雇用のすべてだと考え、それ以外の改革を何もしないということになれば、本来日本企業がやらなければいけない人事改革の本質を見誤ってしまうと懸念しています。「職の標準化」は、「人事の分権化」と並行して行う必要があります。  

これまで日本企業は、人事権を集権的に運用してきました。これは企業特殊的な人的資本を効率よく蓄積するという目的に、非常に適したやり方ではありましたが、現在は企業特殊的な人的資本には以前ほどの価値はありません。企業にとって集権的に人事権を運用することで得られるメリットは低下しています。加えて、ICTの普及によって上下間での情報統合・伝達のためのコミュニケーションコストの低下と組織の下層での情報取得コストの低下が同時に起こり、組織はフラット化しつつあります。その結果中間管理職の必要数は減り、これまで個人にとってのインセンティブであった昇進・昇格機会が減りました。また年功的な賃金体系のもとで、努力している限りは一生面倒をみてもらえる、といった形のインセンティブも消失しています。
そこで「人事の分権化」、つまり現場のニーズや社員一人ひとりの希望に沿った配置や育成を行い、多岐的なインセンティブをもつように変えていく必要があります。これを個人の側の課題として捉えると「自律的なキャリア形成」ということになります。
ジョブ型雇用が導入されると、企業内の人材開発投資が減るのではないかという議論もありますが、私は逆に企業間での人材獲得競争が人的資本投資を促すだろうと考えています。
ただし、先ほど申し上げたように「ジョブ型雇用=職の標準化」だけで終わってしまうと、スキル獲得努力を上手く引き出せず、組織の活力を低下させるだけになってしまうかもしれません。

加島 ジョブ型雇用のあり方を議論していると、企業経営において長期間にわたる「習熟」という価値がだんだん減じていく、という本質的な課題と、生産性とは関係なく高い給与を払わなければいけない高年齢層の社員が増えているという問題が混同されていることもあります。このように、メンバーシップ型 vs ジョブ型という構図では、噛み合わない議論になることもあります。

大湾 今起こっている状況には複数の要因があります。分けて考えていかなければいけません。
メンバーシップ型の雇用制度は、企業特殊的な調整能力が事業に必要で、ビジネスが成長している限りにおいてうまく回る仕組みです。ジョブ型雇用を標準とする欧米の企業にも新卒採用と内部昇進制度を人事制度の柱にもつ企業はありますが、いずれも成長率が高い企業です。社会全体がどんな経済環境下であっても、メンバーシップ型でやっていける企業は存在します。もし年齢の高い社員の割合が増えすぎて、報酬体系が維持できなくなった場合はその状況にあわせて関係的契約を書き換える必要があるかもしれませんが、別にジョブ型雇用に移行しなくてもいいという企業もあるかもしれません。
しかし、なぜ今ジョブ型雇用という言葉を使い、人事システム全体の変革が促されているかというと、今起きている変化は、成長率の鈍化や少子高齢化というだけではなく、技術が大きく革新し、経験と生産性の関係が大きく変わるなど、これまでの一企業の内部労働市場という閉じた仕組みが前提としていた現実が大きく変わる局面に入ったからです。この変化に対しては、もう関係的契約の微修正だけでは追いつきません。日本経済全体として、メンバーシップ型が標準的な形で今後も継続していくことは、非常に難しいと思います。

必然性が高い部分から、変えていく

加島 今の企業は、ジョブ型雇用の感覚で育ってこなかった方がマネジメント層にたくさんいらっしゃるのが現状です。その方々がジョブ型雇用に抵抗を感じ、変化を許さない岩盤層のようになっていることもあります。ただ、M&Aによって社内が刺激を受けていたり、外部から招いたCxOが活躍するのを目のあたりにしている企業では、ジョブ型雇用も進めやすいようです。

大湾 おそらくジョブ型雇用というのは、まずはDXなどの非常に専門性が高い職種において進むのではないでしょうか。特にICTやAIのエンジニアなどは、既に生産性カーブ(経験年数と生産性の関係)は相当フラット化が生じています。そうした人材を、これまでと同様の報酬体系で雇用しようと思っても難しいはずです。そのため、今の人事制度とは切り離した、人材マーケットの実態にあった報酬を払える人事制度をつくらなければならないでしょう。まずはそうやってスピーディに、今手当しなければならない人材の受け皿としてジョブ型雇用を定義し、そしてだんだんその範囲を広げていく形で進んでいくのではないでしょうか。

加島 同じようなことを、私は「クリティカルタレントマネジメント」と呼んで提言してきました。今、経営がやりたいことを行える人材に対しては、組織全体の人材マネジメントとは別の仕組みが必要です。特例として扱うのではなく、仕組み化することが大切だと思います。マイノリティのまま放置しては、そんな人材を迎えられてもパフォーマンスがあがらず、定着しないということを繰り返してしまいます。

ただ、自分の中で消化しきれていない想いもあります。私は、ビジネスで創造性が生まれるためは、取り組んでいる事業が好きである、思い入れをもてるということが大切なことだと考えています。エンプロイアビリティが高いスキルをもっていて、それが評価されればどの企業でもいい、となってしまうと、短期的には生産性があがるかもしれませんが、長期的には創造性を失ってしまうことにならないだろうか、と思ってしまいます。

大湾 ジョブ型雇用が多い欧米企業は創造性が低いか、と考えるとそんなことはありません。実際に、ジョブ型雇用の企業であるにも関わらず非常に離職率が低く、会社に対する愛着が高い企業はいくつもあります。企業やビジネスへの愛着やコミットメントは、ジョブ型かどうかということとは別の要因ではないでしょうか。

加島 そうですね。従来とは異なる価値で人を惹きつけることに、企業は舵を切らなければなりません。

個人を自律や学び直しに動機づけるものは、目標や見通し

加島 では、企業側ではなく個人の側面について、議論させていただければと思います。個人が、「自分の専門性を高めよう」「学びなおしに取り組もう」ということに主体的になるためには、どんなことがインセンティブになると思われますか。

大湾 例えば、あるスキルを身につければ自分の市場価値があがる、その企業の中での雇用の保証が高まる。あるいは、社会の中で希少であり、より必要とされると感じれば、個人はそこに主体的に自分の労力を投資します。そう考えられるだけの見通しが、従業員に見えるような仕組みをつくっていくことが非常に大切になると考えます。    

先行事例として、2013年から米国の大手通信事業社であるAT&T社がスタートさせた「Workforce 2020」という取り組みの一部をご紹介したいと思います。「Workforce 2020」とは、2020年までに10万人の従業員のリスキリングを目指した取り組みです。その際に、250種くらいあった職種を約80の役割に定義しなおしました。今後新しく生まれる職種もなくなる職種もあるわけですから、職種で捉えてしまうと今後の運用がしにくい。ですからもう少し概念的な役割で捉えなおしたのです。そして、今AT&T社の中にはそれぞれの役割がどのくらいの人数がいるのか、そして10年後にはそれぞれの役割はどのくらいの人数が必要かという予測を立て、社内に公開しました。一人ひとりの従業員に対しては、「あなたは今、この役割にいます」「この役割の10年後の必要数はこのくらいです」「この役割を目指している人は〇名います」「あなたの経験で10年後にいける役割はこれです」といった情報をオープンに見せて、その上で本人にどうしたいのかを選ばせ、選んだ役割に対して新たに身につけなければいけないスキルや経験を示したのです。

単に、世の中がこういう風潮なのだから自分でリスキルに投資しなさい、キャリア自律しなさいといっても、目標や見通し、方向性がなければ個人も投資のしようがないと思います。企業がそれを示していくことが大事ではないでしょうか。またそのためには、タレントマネジメントシステムを整備していくことも必要な条件になります。

加島 タレントマネジメントシステムを、人事管理や単なる人材の見える化ということも飛び越えて、事業環境に適した人材集団に常に変わり続けられるためのツールとして運用すべき、ということですね。

大湾 そうです。そしてタレントマネジメントシステムをそのように運用するためには、標準化された職や役割が定義できないといけません。また、従業員に方向づけを示すためには、経営陣が将来の事業ビジョンをはっきりもっていないといけません。ビジョンが描けていなければ、他の条件がそろったとしても方向づけができず、従業員はリスキリングや変化に主体的に取り組めません。経営陣が事業ビジョンを打ち立て提示できているかという点では、日本企業は遅れていると感じます。

メンタルヘルスへの配慮も大切

加島 私個人としても真摯に受け止めて取り組みたいと思います。人材の主体性の課題について、もう少し続けさせてください。社内の労働市場を見える化する、市場価値で評価をするというと、「もう今更自分はそちらにキャリアをふることなんてできない」「自分は変われるイメージがない。要らない人間として認定されるのか」といった反応を引き起こしてしまうかもしれません。もちろんジョブ型雇用を正しく運用することで軽減されるであろうことではあるのですが、大きな課題です。

大湾 私も中高年層のモチベーションや会社へのコミットメントへの悪影響はとても心配だと思います。しっかりとしたキャリアカウンセリングを提供できる体制を整えることが、大切なのではないでしょうか。
個人が得られる情報というのは限られていますし、自分がどこに進んでいくかをきちんと展望できる人は少ないと思います。専門のキャリアカウンセリングを受けられるようにしたり、中間管理職の方々にキャリアカウンセリングのトレーニングをうけてもらうといった対策をとるべきだと思います。上司が部下のキャリアについても向き合って考えていくという形を目指すべきではないでしょうか。
今の企業内で自分が到達できる役割を見つけ、それを目指して研修を受けたり学びなおしをするという動きをつくることが大事です。同時に、それも拒否するという方については、これ以上一緒に働いていくことはできないということを、明確に示しておくべきだろうと思います。
これは、個人の価値を高めることにつながりますから、多くの方にとってはメリットがあるはずですが、やはり対応しきれなくてメンタルヘルスを悪化させる人がいるかもしれません。上司の充分な支援や研修サポートを整えた上で、健康にも配慮する難しい舵取りが経営に求められます。

自分の能力が発揮できる喜びをモチベーションにする人材を増やすことにブレない

加島 私は、「価値のある存在になりたい」「必要とされる人材になりたい」という想いは、皆、心の中のどこかにもっているものだと思います。その想いに働きかけることが、最も人が主体的に動き出す鍵でしょう。心配はありますが、それでもそこはブレずに訴求していくことが最も大切なことではないでしょうか。

大湾 今のお話を聞いて思い出したことがあります。高価値特許を生んだ発明者へのアンケート調査を日米欧3地域で行ったプロジェクトに参加したことがあるのですが、「この発明を生み出したモチベーションは何でしたか」という質問に対し、日米欧いずれの地域の科学者も、驚くほど同じような回答をしていました。「科学技術の進歩への貢献による満足感」「チャレンジングな技術課題を解決することへの興味」といった内発的動機が最も重要という回答がほぼすべてだったのです。
これはきっと、ジョブ型であってもメンバーシップ型であっても関係のないことでしょう。つまり、会社からモチベーションを得るのではなく、自分の能力が発揮できる喜びやインパクトによってモチベーションを得ている方々は、どんな場所でもやるべきことができるのでしょう。

加島 とても勇気の出るお話を伺いました。そんな人材が増えれば日本企業の活力は必ず復活すると思います。近年の日本企業は事業ポートフォリオの入れ替えや海外進出、M&A等によって失われた30年を脱出しようと取り組んできました。しかし人の活力を高めるということについては、あまり力を入れてこなかったと思います。今こそ、その課題に向き合わなければならないと感じます。本日はありがとうございました。

早稲田大学 政治経済学術院 教授
大湾 秀雄
早稲田大学 政治経済学術院 教授。(独)経済産業研究所 ファカルティ・フェロー。(一社)ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 理事。スタンフォード大学PhD(ビジネス)。 ワシントン大学、青山学院大学、東京大学を経て2018年より現職。専門は人事経済学、組織経済学、労働経済学。最適な人事制度や職場組織の設計、その生産性やイノベーションへの影響等に関する理論および実証研究を行う。人事面の経営課題の解決のための実務家向け研究会や講座を主宰する。著書に『日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用』(2017年、日本経済新聞出版社)他。
株式会社セルム 代表取締役社長
加島禎二

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