
対話には、何か人が主体的になる力があるのではないだろうか。
人と話すことで問題が一気に整理できたり、前向きな勇気が湧いて行動につながったりしたという体験をもつ人は多いはずだ。
いやなことで頭がいっぱいになり、他のことに手がつかないようなときでも、誰かに話を聞いてもらうことで気持ちが楽になることもある。
そこで、数多くの経営リーダーに対するコーチングの経験から、対話に関する知見を多くもつ(株)コーチ・エィ代表取締役社長の鈴木義幸氏に、対話と主体性の関係、対話の力についてお話を伺った。
話さないと何も始まらない
人の心の動きには、シンパシー(Sympathy)とエンパシー(Empathy)と呼ばれるものがあります。シンパシーは日本語では同情、エンパシーは共感と訳されます。悲しんでいる人や喜んでいる人を見て、もらい泣きをしたり胸がジーンとしたりするのはシンパシーです。一方エンパシーとは、相手が見ているものを見ようとすることです。それは相手に見えているもの、考えていること、感じていることを問いかけていくプロセスの中で少しずつ生まれてくるものです。
人は、受け取っている情報のうち5%程度しか認識できていないといわれます。たとえ同じ時間に同じ場所にいる人たちでも、どの5%を切り取って認識しているかはわかりません。それぞれが全く違うものを見たり聞いたりしている可能性もあるわけです。それはつまり、話してもらわないとその人が何を認識しているかわからないということにもなります。同じ会社で同じチームに所属し、同じような仕事をしているからといって、同じものを見て、同じように感じているとは限りません。お互いに見ているものが違うことに気づかないまま話をしても、そこに共感は生まれないでしょう。
つまり、共感が生まれるために「話す」「聞く」というプロセスは欠かせません。相手の発言や行動を観察して想像できることもあるかもしれませんが、観察するだけでは相手が何を考え、何を感じ、何を思っているかは、実はわかりません。ですから問いかけて聞くこと。同時に、自分が何を見て、何を思い、何を感じているかを話すことが大切です。話すだけでも、相手も自分も、何をどう認識していたのかに気づくこともあります。いずれにせよ、お互いに話をしなければ、相手と自分の間で共有されているものも、されていないものもわからないままになってしまいます。
自分の考えを伝えることで、自分事になる
ただ、お互いに思っていることや考えていることを伝え合えば常に共感が生まれるかといえば、そんなことはありません。そこに違いがあれば、共感ではなく対立が生まれる可能性もあります。しかし一方で、それぞれが違う視点を持ち込むことで、そこに新しい意味や発見が創り出される可能性があります。
私たちコーチ・エィでは、会話と対話を区別して定義しています。会話とは、何か相手との共通項を探し出して心理的安全を感じようとするコミュニケーションです。たとえば、「今日は寒いですね」「そうですね。本当に寒いですね」というやりとりは会話です。
それに対して対話とは、違いを明らかにしていくコミュニケーションを指します。1つのテーマに対して自分の考えを乗せながら話していくことで、話していたテーマが自分事になっていきます。さらにいえば、対話では最終的にそれぞれが対話を始める前とは異なる見方、解釈を手にすることがあります。対話は人が主体性に目覚め、自己変容していくメカニズムの1つでもあるのです。
「未完了」の解消も、人が主体的になる条件
主体的になってパフォーマンスを高く発揮するためには、環境を整えることも重要です。やろうと思うことにエネルギーを集中できる状態をつくるために、コーチングではメタファーとして、熱気球を例にお話しすることがあります。
気球が空中に浮かぶために必要なものは2つあります。1つはバーナーで空気を温め、浮力をつけること。そしてもう1つは、砂袋を落としていくことです。上昇するためには重しとなっている砂袋を外す必要があります。
つまりエネルギーを集中し、前進するには、私たちも砂袋を落とす必要があるわけです。この砂袋とは、「未完了」と呼ばれるものです。「未完了」とは、やろうと思っていたのにやっていないこと、いいたかったのにいえていないことなどからくる、ちょっとした気がかりです。仕事上のことだけでなく、部屋が散らかっているとか、歯医者の予約をしていないといったプライベートの「未完了」も、エネルギーには影響します。
気がかりが解消していないままでは、目の前のものに集中できません。ですから、「未完了」の完了も主体性に影響する条件です。
従わせられると感じると、人は「主体化」できない
ところで、コーチングの世界では「主体的かどうか」ではなく、「この人はこのテーマに主体化しているか」という捉え方をします。「趣味に対しては主体化しているが、仕事には主体化していない」といった使い方をします。
多くの企業で、やらされ感ではなく、自らが主体者として環境に働きかけているという感覚をもつ社員をどれだけ開発できるかがテーマとなっています。これはつまり、「仕事に主体化した社員をいかに開発できるか」ということと同じです。
昨今、パーパス経営という言葉をよく耳にするようになりましたが、これは社員の主体化を求める動きと深く関連しているのではないかと思います。組織のパーパス、つまり存在意義が明らかであれば、社員一人ひとりが自分自身のパーパスとその組織の接合点を見出していくことができます。自分のパーパスと組織のパーパスが重なっていればいるほど、社員は仕事に主体化していくでしょう。しかしこれを「パーパスを浸透させる、共感させる」という言葉で捉えて取り組んでいては、うまくいかないだろうと思います。なぜならそこには、「させる側」と「させられる側」という構造があるからです。
経営側の言い分に従わせようとして、相手がそれに主体化することはありません。いつまでたっても自分事にならず、せっかくのパーパスも、上の人がいっているだけのことになってしまいます。
対話ができれば、イノベーションはどこからでも生まれ得る
だからこそ対話の場があることが大切です。対話とは違いをぶつけ合うものですから、相手の考えを頭から否定してしまったら成立しません。違いがあるということを共有し、その違いに対して感じるそれぞれの考えもオープンにしていくことが必要です。さらには、相手と自分の意見の違いはどこからくるのかという、考えの背景に興味をもつことも重要でしょう。
対話は違いを明らかにしていくプロセスですから、感情的なぶつかり合いが起きるかもしれません。たとえそうなったとしても、「もうわかりあえないね」ではなく、「もっと話を続けようよ」と対話を続けるマインドセットをもつこと。そして対話の場をもち続けることが大切です。
お互いの考え方や主義はそれぞれに正しさがあります。どちらが正しいのか、どちらに従うべきかといった考え方を手放し、それぞれが思っていることをぶつけ合うことで、新しいコンテキスト(文脈)、つまり「物語」、大げさにいえば「歴史」を創っていく。対話には、その力があります。
組織の中に、対話によって何かを創り出すのだというインテンション(意思)が増えていけば、組織の至るところからイノベーションの芽が出てくるだろうと思います。

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