「暗黙知」を共有して、
グローバルNo.1であり続ける

ダイキン工業株式会社
執行役員 人事本部長
佐治正規 氏

「グローバルNo.1企業になろう」を目標に掲げて戦略を推し進め、2010年に空調事業におけるグローバルNo.1を達成したダイキン工業。空調機器の専業メーカーであり、世界の競合他社と比べても突出して規模が大きいわけではない同社が、如何にしてグローバルNo.1を達成し、さらなる成長戦略を推し進めていくのか。
戦略の先見性と共に鍵を握るのは、同社の人材である。日本企業のグローバル化のベンチマーク企業として注目されるダイキン工業の人事の鍵を握る執行役員 人事本部長 佐治正規氏からお話を伺った。

「夢」と同時に「危機感」が、グローバル化に舵を切らせた

田口 グローバル化を目指す日本企業の多くがダイキン様をベンチマークしています。御社はグローバル化を、どのように進めていらっしゃるのですか。

佐治 ダイキンが現在のように「グローバル化」を全面に打ち出したのは、現会長である井上が社長に就任した1994年からだったと思います。この20年の間に海外事業比率は15%から72%へと大きく変化しました。1994年当時、日本国内のエアコンの普及率や建築物の着工状況を考えると、国内市場については、自ずと限界が見えていました。そうであればエアコンが普及していない海外に進出するしかない、ということはおそらく誰の頭の中にもあったはずです。ですが、そのことを明確にし、「グローバルNo.1を目指す」と言い切ったのが井上だったのです。
目指すといっても当初は「そうはいっても夢のようなものだろう」という捉え方が多かったと思います。しかし、実際にそれ以降は、様変わりと言えるほどグローバルに舵を切り、次々と戦略・戦術を打ち出していきました。

田口 そして急速にM&Aを進め、2010年に「グローバルNo.1」を達成されるわけですね。しかし何故、ダイキン様だけができたのでしょうか。

佐治 我々の国内での競合企業は総合家電、あるいは総合電機メーカーで、エアコンは彼らにとっては商品群の1つに過ぎないものです。それに対して、我々は空調機器の専業メーカーであり、エアコンで勝負するしかないという危機意識の大きさが、本気でグローバルに向かわせたのではないでしょうか。
また、意思決定をするその時々に非常にいいタイミングで、欧州における猛暑など我々にとって環境的な追い風が吹いたということも成功の要因の一つであったと思います。井上は自分のことを「強運の持ち主」と言ったりしますが、やはり並はずれた先見性があったのだと思います。

田口 先見性は御社の強みですね。中国進出の際のお話を伺った際にもそう思いました。

佐治 そうですね。中国に進出した95年当時の中国の業務用空調機器は床置きのものが主流でした。しかしダイキンは、見えないところからいつの間にか新鮮な空気が流れ込んでくるようにするのが空調の本来の役目だと考え、天井埋め込み式や壁掛け式で、空調器を目立たせないことをコンセプトにしました。天井や壁の上の方に機器があるので、「お前達は換気扇メーカーか」などと言われたそうですが、結果的にそれが良かった。

田口 オンリーワン。独自路線。それもまた先見性ですね。

佐治 先見性もあったのでしょうが、現実の問題として、中国のエアコンと同じようなものを作ったらコストで勝てない。
2番手3番手に甘んじるくらいなら独自路線を辿った方がいい、という経営陣の強い想いがあったのだと思います。

Interviewer/株式会社セルム 常務取締役 田口佳子
2013.12月取材
※所属・肩書・記事内容は取材当時のものです。

人事部のグローバル化

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