「能力」ではなく「ビジネス」で考える

寺崎 文勝

人事戦略や人材開発を見直すうえで、最初に考えなくてはならないのは、自社における中長期的なビジネスの方向性です。当然と言えば当然のことですが、これがきちんと腹に落ちているHR担当者はどれだけいるでしょうか。
「能力」から人材戦略を考え始めるのではなく、ビジネスが規定する「職務」や「職責」から考えなくてはいけないのですが、HR担当者の多くはいきなり、強化が必要な能力は何か、という検討を始めてしまう傾向にあります。
そうではないのです。「我社はどういう経営環境にあり、そのためどんなビジネスをしなくてはならないのか、そのビジネスにおいて求められる職責とスペックは何か」という発想がなければ、HR施策はビジネスに結びつきません。一方経営者は、むしろもっと人材や組織の能力を考える必要があると思います。現状では、自社が追い求める戦略的ポジショニングと人材を含めたケイパビリティが分断され、ズレていることが多いと感じています。
こう言うと「わかってはいるけれど、なかなかできないのだ」と言うHR担当者もいるでしょう。ですが本当にそうなのでしょうか。私の経験では、HR担当者がビジネスを語るケースは非常に稀でした。

HR担当者に求められるのは、事業戦略を人事・人材開発戦略に落とし込むとは具体的にどういうことなのか、を理解することです。そのためには職責と結びついた人材スペックを明確にすることが第一で、それがなければ本当は研修計画も立てられないはずです。ですが、実際には抽象的で曖昧なまま議論が進んでいるケースが多いことが課題です。
「スペシャリストとは具体的にはどんな人か?」「ゼネラリストとはどんなことができる人材か?」と聞いても、一般的な説明しか返ってこない。私が聞きたいのは、例えば「このポジションの役割は何か、どんな結果が求められているか」いったことで、能力やスキルはその次の段階の話です。

そもそもHR担当者にとっての成果は、「ビジネスが求める人材スペックをどれだけ充足したか」で評価されるはずで、それが具体的なパフォーマンスに結びついたものではなくては価値がありません。さらにその充足度合いをタレントマネジメントやサクセションプランニングを運用ベースで実現して把握できなければHR施策の効果は見えません。
まずは、抽象的な概念ではなく具体的な現象ベースで考えることが大事です。現場の人は、自分の担当業務やビジネスのことはいくらでも具体的に話してくれます。ですからそれを聞けば、「どんな人材が必要か」が判ります。具体的でないことを議論して、決定するための判断軸がない空中戦になってしまうのが一番危険です。
そして例えば「リーダーシップ」とは、具体的にはどのような行動により顕在化するのか。その行動のために必要な知識は何か、スキルは何か、どのようなマインドであるべきなのか、必要な経験は何か、といった課題設定や仮説づくりを本気になって徹底的に行う必要があるでしょう。

繰り返しますが、まずHR担当者が「能力」ではなく「ビジネス」を語ること、抽象論ではなく具体的なスペックで、定量的に語ること――そうなれば、経営と人材開発はリンクできるはずです。

(2013.8月 取材)

寺崎 文勝(てらさき ふみかつ)

アーンスト・アンド・ヤング・アドバイザリー ディレクター。早稲田大学第一文学部(心理学専修)卒業。事業会社の人事部門、会計系コンサルティングファーム、金融系シンクタンク等を経て2013年4月より現職。幅広い業種において、組織人事戦略および役員報酬コンサルティングを手がける。外部セミナー等での講師実績多数。

最近著
『人事マネジメント基礎講座』(労政時報、2009年)

経営における人事の位置づけから人材の確保・開発・活用により、人と組織のパフォーマンスを改善・向上させる戦略的人事マネジメントの在り方を体系的に解説した、人的資源管理の教科書。