日本絵画に学ぶ己の美感~経営にリベラルアーツがもたらす効果~

黒田 泰三

グローバルなビジネス環境にある今、多様な相手と信頼関係を築くことがますます求められています。

 まず相手を知ろうとした時に、どんな経済学を学んだか、どんな研究をしてきたかよりも、どんな絵が好きか、どんな画家が好きか、を尋ねた方が、相手の人となりが瞬時に理解できると思います。そして仕事を離れた世界でお互いをリスペクトし合うことができれば、その関係はより強固なものになります。また私自身、これまで数多くの日本絵画に出会い、その意味や作者の人となりに触れる中で、自分の中で未開発だった新たな「美感」のようなものに気づかされたことが多くありました。それは、ひとことで言えば寛容ということに基づく他者肯定ではないかと思っています。絵を見る姿勢が自分のみならず、他者との向き合い方を作る上で大いに助けになったと感じています。

 お互いをより本質的に理解し合う手段として、また自分が日本人であることを表現する手段として、身近にあっていつでも触れることのできる日本絵画は、間違いなく有効に機能すると思います。

 日本絵画は、今から1200年ほど前の奈良時代以降がその歴史研究の対象になっていますが、とりわけ平安時代の作品のディテールを見ていくと、昔の人たちの表現力や技術力の高さが、現代の画家よりも秀でていることがすぐにわかります。日本美術の神髄は細部に宿るものであり、そのアイディアやセンスを解明したり分析したりすることで、日本人のアイデンティティを知ることができます。日本美術はディテールをとても大切にしており、その表現力と完成度は世界でも他に類を見ないものなのです。

 例えば風景を描く際、西洋絵画は科学的な考えに裏付けされており、場所や時間を正確に描くという合理的な思考がありますが、日本の風景を描く山水画を見ると、それを正確に表現しようとする意図はあまりありません。それはあくまで描く人の心の中のありようを表すことが、日本絵画における風景表現だからなのです。この、いわば心の風景を描くというフィクションの方が実は面白く、見ごたえがあると考えることは出来ると思います。

 当然、素材や技法の違いはありますが、西洋人のそもそもの美意識は自己の確立に伴って構築していくと考えられるのに対して、日本人の美意識の根底には、自然と共存し、自然の中で生かされているという価値観があります。その違いが絵画にも表現され、作品のディテールにこだわるという制作態度となって表れているのです。

 ディテールの精緻さにより形作られた日本の美意識や技術力がどれだけ世界に存在しないかということに、今の日本人はもっと気づくべきですし、さらに言えば世界中の人に気づいてもらうために、日本人として発信していく必要があると思っています。

 リベラルアーツは本来趣味の世界であり、与えられて学ぶものではないと思っています。実際、即効性もなく一見無駄と思えるものかもしれませんが、様々な人生経験をされてきた幹部クラスの方だからこそ感じるものや響くものがあると思います。

 合理的な思考でスピーディーに結果を出すことが求められる中、若いうちから様々なことに興味を持ち、吸収していくことが、リベラルアーツの真の力を発揮していくための基礎体力を養うことになるのではないでしょうか。

(2015.5月 取材)

黒田 泰三(くろだ たいぞう)

出光美術館理事・学芸部長。
1954年福岡県生まれ。九州大学文学部卒業。博士(文学)。専門は日本近世絵画史。
京都造形芸術大学客員教授。女子美術大学、東京藝術大学で講師を務める。
2008年第6回徳川賞(徳川記念財団主催)を受賞。著書に『もっと知りたい長谷川等伯』『思いっきり味わいつくす伴大納言絵巻』『狩野光信の時代』など。

株式会社スティラート
芸術文化教育に関する研修プログラム、講演の企画、運営等を行う。代表の大久保有希子氏は海外で活躍する日本人に対する問題意識から、現在、黒田氏を講師に招き、『ビジネスピープルのためのリベラル・アーツプログラム』を主催している。

最近著
『思いがけない日本美術史』(祥伝社、2015年)

従来の時代順の美術史ではわからなかった、その面白さを画題ごとに見ることで、あぶりだす。長谷川等伯「松林図屏風」や仙厓「老人六歌仙画賛」、「彦根屏風」など、著者の考える日本絵画史上、重要な十二点の作品を取り上げて解説。ちょっとした「鑑賞のツボ」を知ることで、その人なりの絵の見かたを見つけることができる一冊。